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落日に男は生きた

本日は電子書籍『さらばレイデオロ』より「落日に男は生きた」を全文無料公開します。

 *

「落日に男は生きた」

人は金を求めて競馬場へ行く。または、ネット銀行に少なくない額を入金する。 
毎週やってくる週末の悲喜劇。
一体、競馬ファンは一度の喜びのために何度泣くのか。
その一度で報われる涙ならまだいい。
滅多に当たらぬ競馬でだらだらと5万円を失い、やっと当たったレースはド本命の馬連千円。
回収、追い上げはムリな話だ。
それでも人は競馬場へ戦いに行く。昨日の夜、見つけた勝負レースがあるからだ。
「大丈夫だ。諸君の老後には本日一番がある!」
その日も著名な政治家の演説会のような人だかりができていた。
大井の予想屋・ゲートインの吉冨さんの口上だ。
本日一番、冨さんは勝負レースをそう呼んだ。
一日分の通し予想を買った客には「本紙」と呼ぶ予想紙が手渡されるが、常連客は真っ先に「本日一番」の文字を一枚の紙に探す。
本日一番は通常、メインか最終レースのどちらかから選ばれる。狙い目がなければ、その前のレース。金を張るならここしかない、という自信の勝負レースが本日一番だ。
ネット競馬の冨さんの予想文には今でも本日一番の文字があるから、見たことのあるファンも多いだろう。
予想は三点書きだったが、常連客は勝負レースに十万単位で張っていた。一点目で当たれば、大体百万仕事ができあがる。
大井競馬に行くのではない。
金を作りにゲートインに通っていた。
当然、いつも当たるとは限らない。
女神に呼ばれたり、悪魔に笑われたり。
毎日、みんな、予想紙の本日一番の文字を待ち焦がれていたのだ。
     *
競馬以外の公営競技場にも予想屋がいる。勝負レースには「勝負」「特報」「一点書き」などの看板が掲げられるが、三競オート、昼夜通った俺がゲートイン以外に思い出すのは立川競輪や京王閣に予想台があった「福生(ふっさ)」の予想だ。
福生は穴狙い専門で、予想紙には全レースに「100万円GET大作戦」という三連単予想が付いていた。
ここで百万仕事はしたことがないが、半分くらいは何度かあった。
手元に今はなき福生の予想紙が一枚ある。
2010年1月とメモ書きしてあるが、定かでない。
勝負レースは11R。
「本日一番」の狙いは菊地圭尚。
「89期NO1の意地見せて」と太字。
さらに特大のコピーが踊る。
「落日に男は生きた」
「その輝いていた日々を失わないためにも…」
ギャンブルの予想は極端に言えば、買い目の数字だけあれば成立する。
現在、Twitterやnoteで販売されている予想にはそういうものも多いが、この福生の予想にはドラマがあった。
紙面からはこんなメッセージが伝わってくる。
「菊地圭尚の今の姿には落日に生きる男のイメージがある。その栄光の日々が蘇るような意地の復活劇が今日起こる。さあ、この男を買え」
この紙面には買い目に込められた予想家のエネルギーが溢れている。
ドラマへの挑戦である。
実際に戦うのは菊地だが、予想紙を買ったファンもこのドラマに参加することができる。
福生のおやじ、本日一番の挑発である。
同じように落日の老人も仕事にあぶれ希望のない若者もおやじのエールに応えて立ち上がる。
このレース、的中したかどうかの記憶がまったくないのだが、年月が経った今でも紙面に予想屋の意地と熱意を感じる。
この熱意と挑発はゲートインの冨さんにも通じるが、馬券を買うこと自体にドラマや劇を求めるのは俺の悪いクセだろうか。
     *
2023年5月7日、京都競馬・橘S。
テラステラ。
ファルコンSの敗戦で人気を落していたが、万両賞の走りはよかった。
広尾レースのステラリードの血統。
兄のキングエルメスもしばしば穴を出す。
福生のおやじなら「有名な穴血統」とでも書くだろうか。
コピーが勝手に踊り、ドラマの匂いを感じる。
いつからか、本日一番は自分で決めている。
ここは文句なしに俺の本日一番だ。
本日一番には逆転のドラマ、帯封の叫び、復活の劇の種子がある。
的中率、回収率も大事だが、その種子の有無こそが馬券生活の一筋の光明になる。
芽が出て、ジャックが豆の木に登れるかどうかは神のみぞ知る話だ。
さあ、勝負レースの世界に行ってこい。
万札が飛んだ。
レースは角田大河の二番人気のルガルが直線で抜け出した。
馬連はテラステラから人気馬に流している。
豪快に突っ込んで来るテラステラの末脚が見えた。
来た。
できた。
本日一番。
落日に男は生きた。
朝から負けていた競馬の色が黒から白に変わった。

競馬王連載のコラム14回分を収録。
〈目次と前書き〉
1 サンドイッチ馬券の女
2 砂の町
3 損失補填の女
4 さらばレイデオロ
5 ステップレースの女
6 東京大賞典の女
7 宇都宮餃子の女
8 マタデロの酒
9 二重瞼の女
10 城下町の女
11 涅槃の女
12 落日に男は生きた
13 泡ヌケの女
14 海女

一口馬主の栄華の日々は短かったが、至福の時間だった。
 馬券はあまり当たらなかったけど、強運だったと思う。
 そんな日々の競馬コラム集だ。
 これもまた『勝負馬券論』同様、金の匂いや女が好きでたまらない競馬ファンのための1冊だ。
 さあ、競馬と金と女の話を始めよう。
1 サンドイッチ馬券の女
2 砂の町
3 損失補填の女
4 さらばレイデオロ
5 ステップレースの女
6 東京大賞典の女
7 宇都宮餃子の女
8 マタデロの酒
9 二重瞼の女
10 城下町の女
11 涅槃の女
12 落日に男は生きた
13 泡ヌケの女
14 海女

一口馬主の栄華の日々は短かったが、至福の時間だった。
 馬券はあまり当たらなかったけど、強運だったと思う。
 そんな日々の競馬コラム集だ。
 これもまた『勝負馬券論』同様、金の匂いや女が好きでたまらない競馬ファンのための1冊だ。
 さあ、競馬と金と女の話を始めよう。
競馬王連載のコラム14回分を収録。

1 サンドイッチ馬券の女
2 砂の町
3 損失補填の女
4 さらばレイデオロ
5 ステップレースの女
6 東京大賞典の女
7 宇都宮餃子の女
8 マタデロの酒
9 二重瞼の女
10 城下町の女
11 涅槃の女
12 落日に男は生きた
13 泡ヌケの女
14 海女

一口馬主の栄華の日々は短かったが、至福の時間だった。
馬券はあまり当たらなかったけど、強運だったと思う。
そんな日々の競馬コラム集だ。
これもまた『勝負馬券論』同様、金の匂いや女が好きでたまらない競馬ファンのための1冊だ。
さあ、競馬と金と女の話を始めよう。


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