嘘日記10/12

買い出しから帰ってきて玄関のドアを開けるとなにやら部屋がむわっと蒸気に包まれています。もしや火事かと思いましたがどうやら違うようです。
蒸気はドアのあいたお風呂場から漏れ出ているようです。不法侵入者がお風呂場で火起こしをしているのかと思い、キッチンから持ってきたフライパンを携え、お風呂場へ忍び足で向かいましたが浴室の電気はついておらず、人影はありません。ただ何かが浴室になみなみと湛えられていることだけが分かります。おそるおそる電気をつけてみると、緑色の粘度の高そうな液体が湯気を上げながら浴槽いっぱいにたまっていました。一見、熱せられたゴブリンの鼻水かと思いましたが無臭であることからその推測は間違っていそうです。浴槽に近づき、風呂桶で浴槽の中身をすくおうとしたところ確かな手応えを感じます。そこでこの液体の正体が分かりました、スライムです。熱湯スライム風呂だったのです。

私はスライム風呂に興味はないのでなんとかしてこれを片付けなくてはなりません。栓を抜くだけではきっと排水溝に詰まってしまうでしょうから別の方法を考えなくてはいけません。しかし地道にくみ出していては日が暮れてしまいます。そこで妙案がおりてきました。固めてしまえばいいのです。どうやったら固まるか分かりませんがとりあえず冷やしてみることにします、最近やったゲームでも氷属性はスライムに対して効果的でしたから。冷蔵庫の製氷機から取り出した氷を浴槽に投げ込んでいくと少しずつですがスライムが固まってきているような気がしました。これならいけそうです恐らく冷蔵庫の氷だけでは足りないでしょうから、コンビニで氷やドライアイスを買ってくることにします。特に問題も無く目当ての物を買って家へ帰る途中であのスライム風呂に何かを投げ込んだまま冷やせば、それが封印された風になるのではないかということに気がつきました。毎年七夕の短冊で「何かを封印したいです」と願い事を書いては親に心配されてきた私ですからこれは長年の夢を叶えるチャンスです。

家に戻るとさっそく封印されるに相応しい物を物色します。めがねや掃除機などを押しのけ、僅差で爪切りに打ち勝ち、このたびめでたく封印される物の座を手に入れたのは進学祝いで貰った剣でした。剣をスライム風呂に投げ込み買ってきた氷やドライアイスをどんどん入れて冷やしていきます。みるみるうちにスライムは冷えていき最後はしっかり固まりました。緑色のクリスタルで封印された風になった剣を見ながら満足げにうなずく私が浴槽からそれを取り出すすべがないことに気づくのはお風呂に入ろうとしたときでした。

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