草食系男子に教えられたこと

男が山を散策していると、老夫婦が焚き火を囲んでいたので、声をかけた。
「笑（わら）を採りにきたんです」
わらとは、この辺りに群生している植物のことだ。その効能は特徴的だ。
「笑（わら）を食べると、必ず楽しいことが起きるでしょ？　お互いの笑った顔が見たいの」
相手の幸福を願った顔に、男は胸を撫で下ろした。

男もわらを食べたことがあった。
出世レースの真っ只中。食べると、同期たちが事故や病気で次々と亡くなることがわかった。
男は彼らが苦しむ様を見て笑い狂った。

しかし、わらを食べても笑えなくなったとき、男は孤独となっていた。

※

「以来、私はわらを採りに来る人にこの話をしています。二度と起きないよう」
「そんなことが」
「でも、他人の幸せを願える人なら大丈夫です」
「ええ。ええ。私たちもね。あなたに殺された息子の幸せを願ってましたよ」

ガラ、と足元が崩れた。男は咄嗟に、崖に生えたわらを掴んだ。

見上げると、老夫婦の歪んだ笑顔が見えた。
しかし、それもすぐに見えなくなった。