『メタバース進化論』から見える未来

『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』(バーチャル美少女ねむ、技術評論社、2022年3月19日)を読んだ。
本書はメタバースの現状と今後について、メタバースで活躍している著者が解説したものである。

●本書の内容

大きく2つにわかれており、前半はメタバース(ソーシャルVR)とそれを支える技術についての解説。とてもわかりやすく、実際に利用している視点で解説されており、大変参考になる。
特に現在存在するVRChatなどのソーシャルVRサービスの比較や、VRゴーグルの比較は使用している者ならではの貴重な説明と分析だった。他では読めないだろう。

後半は独自調査「ソーシャルVR国勢調査」とアイデンティティ、コミュニケーション、経済、そして身体性やファントムセンスにまで話がおよぶ。
本書がすごいのは表層的な話に留まらず、「なりたい自分になる権利」を軸に新しい世界での新しい生き方など思想とも呼ぶべき話に広がってゆく。
ソーシャルVRの世界を生きている著者ならではの世界観が、「ソーシャルVR国勢調査」のデータを裏付けに熱く語られており、引きこまれる。
そして、分人経済、超空間経済、BMI(ブレイン・マシン・インタフェース)にまで話が広がる。

私が目にしたメタバース本の多くは、表層的な技術やビジネスの話が中心であり、ここまで掘り下げた議論はなかった。
メタバースが人類の新しい可能性を拓くものであるなら、ここまでの議論が必要だろう。
本書の後半は、来るべき世界における新しい視点を提示しているのだ。

●感想

非常に参考になるし、目からウロコだった。もちろん本書はたくさんあるメタバースに関する考え方のひとつであり、他にもさまざまな考え方が存在する。しかし、その中にあってもこれだけ説得力のあるものはめったにないだろう。

私も刺激を受けていろいろ考えてしまった。たとえば、メタバースでは名前、容姿、性別、声を好きなように変えられる(技術的な制約はあるが)。発想を逆転させてみたらどうだろう?
本人が名前、容姿、性別、声を変えるのではなく、受け手が感じたいように変えるのも可能だ。五感をフィルタリング、加工して「生きたい世界」で生きられるようにするのである。
たとえば私には苦手な声質やしゃべり方がある。たとえ話している内容が興味あるものでも頭に入って来なくなる。しかし、五感を変えられれば問題なくなる。
同じものを見、聞いて、触れても人によって感じ方は変わる。同じ言葉を聞いても受け取り方はさまざまだ。世界との関わり方、感性とも言えるものだ。世界観と言えるかもしれない。
古ぼけた建物を見て、「みすぼらしいもの」と見る人もいれば、世界観で重要な役割を持った「神々しいもの」に見える人もいる。
こうした五感を通じた「世界観フィルタ」を実装することができれば、他人には「おぞましく」見える姿をしていても相手に受け入れやすい姿に見える。
また、世界観フィルタを複数人あるいはコミュニティで共有することができれば、同じ世界観を共有したコミュニティを作ることができる。
言語に翻訳が必要なように文化的な差異にも翻訳が必要な気がする。
それがBMIのニューロリンクにつながれば全く違う風景が見えてくる。

●ささいな気になる点

「ソーシャルVR国勢調査」の分析でスピアマンの順位相関係数を多用しているが、データの内容と趣旨から考えてカイ二乗検定の方がよさそうな気がした。

何度もフェイスブックが実名制と書かれていたけど、今はそうじゃないような気がする。
米フェイスブックで芸名も利用可能に、実名登録の規約変更(ロイター、2014年10月3日、https://jp.reuters.com/article/facebook-idJPKCN0HS0A720141003)
Facebookが「実名ポリシー」を緩和へ、12月にも(日経XTECH、2015年11月2日、https://xtech.nikkei.com/it/atcl/news/15/110203583/)

統計データの解釈でじゃっかん飛躍がある箇所が散見された。たとえば、232ページで、「物理現実で心と身体の性別の不一致を感じているため」に違う性別のアバターを使っているという結果が紹介されており、「本来ありたい性別の姿で過ごすためにソーシャルVRを利用している方が一定数いる」と説明されている。統計データからわかるのは、「ソーシャルVRを利用する動機」ではなく、「違う性別のアバターを利用する動機」なので飛躍がある。

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