「正しさ」の商人 情報災害を広める風評加害者は誰か(林智洋、徳間書店、2022年3月18日)

『「正しさ」の商人 情報災害を広める風評加害者は誰か』(林智洋、徳間書店、2022年3月18日)を読んだ。いろいろ考えさせられる本だった。ツイッターで見かけて、タイトルが気になったので読んでみたのだが、想像していたのとはちょっと違っていた。
さまざまなケースを取り上げて、「正しさ」の商人の実態や問題点などを洗い出すのかと思ったけど、本書のほとんどは福島について書かれていた。もちろん、そのことで本書の価値が損なわれることはない。

本書は主として福島を題材として、科学的事実に基づかない記事や発言によって、震災そのものを上回る規模の情報災害、風評被害が起こり、呪いのように多くの人々を苦しめたことの告発の書である。
読み始めて著者の熱気にあてられてくらくらした。前半は問題を告発する熱気、終わりに近づくと故郷である福島の思い出や思い入れなども記されて胸にしみるエピソードが語られる。

情報発信者、特にマスメディアには権力者としての責任があり、それは監視され、監査され、問題があった場合は厳しく対処されなければならないと思っているので、著者の主張する風評被害をもたらした風評加害者を明らかにすべきというのもよくわかった。

●気になった点
著者は風評加害者のメディアや著名人に対して、チェリーピッキング(自分に都合のよい情報のみピックアップすること)と批判しているが、著者が批判対象としてピックアップしている事実もチェリーピッキングしてしまう可能性がある。たとえば本書ではトリチウムについてかなり多くを割いて説明しているが、ストロンチウムなど放出水から発見されたとされる他の放射性物質については全く触れていない。もちろん、発見されたこと自体がデマなのかもしれないが、マスメディアや2020年2月号の『科学』掲載の論文にも書かれているので、これについても触れておくべきだったと思う。

本書の冒頭でSNSのリツイートが加害者として被害を起こす可能性について述べている。それからマスメディアや政治家など著名人の発言を取り上げていっている。しかし、これらの影響の度合いや責任はかなり異なる。いっしょくたにしない方がよいと思う。たとえばネット世論操作に関するベン・ニモのスケールでは明確に別カテゴリーとして脅威の度合いが違っている。

特定の新聞や個人や政党について言及していることが多いが、おそらく特定の組織や個人を責めても問題の解決にはならず、どちらかと分断に結びついてしまうリスクがある。体系的にそうなってしまう構造を理解して改善していかないといけないような気がする。
たとえば著者が参考書としてあげている笹原先生や藤代先生の著作はフェイクニュースが生まれる原因を体系的に解きほぐしている。

細かいことだが、WTOで日本が韓国に敗訴したケースについた原因は韓国が事前にロビイスト活動を行ったためとし、国際関係や貿易はスポーツと違うのだからそういう活動を日本もしなければならない、という趣旨のことが書かれていた。スポーツも同じで審判の判定やルールそのものも変更されることがあるので、すべてにおいてそうと言えそう。
台湾について苦言を呈した箇所があったけど、台湾はあの震災後もっとも被災地を支援しくれたと思うんだけど……(東日本大震災での「台湾からの支援」が圧倒的だった2つの理由、https://diamond.jp/articles/-/264915
ここに限らず、因果関係や事実関係がよくわからない箇所がいくつかあった。

情報災害については定義があるのだが、正義や正しさについて踏み込んだ定義がないのが気になった。時折、プロパガンダとほぼ同じ意味合いで使われたりもしている。昔、ファクトチェックイニシアチブに「真実の裁定者」について長い文章を寄稿したことを思い出した。定義にこだわるとやたら長くてめんどうなことになってしまうんでしょうがないけど。

本書は『正論』の連載などがもとになっていたそうで、私はほとんど『正論』を読まないのでこうした意見に触れることがなかった。とても参考になった。

余談であるが、本書を読みながら震災文芸誌『ららほら』を思い出した。



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