見出し画像

『サイバースペースの地政学』はサイバー空間を腑分けした解体新書

軍事とロシアの専門家である小泉悠とサイバーセキュリティの専門家の小宮山功一朗による『サイバースペースの地政学』(ハヤカワ新書、2024年6月19日)を拝読した。
本書は、データセンターや海底ケーブルについての地政学的な視点で紹介、分析した本である。海底ケーブルを地政学的に解釈した本としては、以前紹介した『デジタルシルクロード 情報通信の地政学』(持永大、日本経済新聞出版、2022年1月8日)がある。記憶違いでなければ、持永と小宮山は同じ土屋( https://k-ris.keio.ac.jp/html/100012165_ja.htm )門下の同門だった。

力作! 『デジタルシルクロード 情報通信の地政学』(持永大、日本経済新聞出版、2022年1月8日)、 https://note.com/ichi_twnovel/n/ne01bc32e8da6

ふたりの著者が日本国内のデータセンターや海底ケーブルを見学して周りながら、それらについて解説したものプラス、エストニアなどを回ったコラムが随所にはさまっている。
切れやすい海底ケーブルを補修するためのケーブルシップの話、データセンターの重力の話、ロシアの主権インターネットの話など興味のつきない話題が次々と飛び出して、飽きずに読む進むことができる。
体系だったまとめがあるわけではないが、サイバー空間の肉体が腑分けされて、リアルに並べられてゆくのを見ると、これまでとは違ったものが見えてくる
サイバー防御は日本の課題だが、その物理的側面はあまり議論されていない。データセンター、海底ケーブルなど他のインフラに比べると脆弱なのだ。それがふたりの取材を通して、ひしひしと伝わってくる。
いわばサイバー空間を解体してみせた解体新書のようなものだ。本書では心臓や血管などを中心に紹介しているが、物言わぬ臓器である肝臓などの内臓の解説も読んでみたくなった。内臓とは海底ケーブルやデータセンターの周辺で働く人々や自治体のことで、少し話はそれるがChatGPTがナイジェリアの方言を話すのは英語圏のナイジェリアの労働者が過酷な労働条件で教科学習を請け負っているためといった、物言わぬ人々の話である。

サイバーセキュリティ界隈では有名な読書家である小宮山が参加しているので、本の話が時々出てくるのも楽しい。ふたりは千葉、長崎、北海道とデータセンターを見て回っているのだが、最初に千葉を選んだのは『ニューロマンサー』の舞台だったからだという。章のタイトルも「「チバ・シティ」の巨大データセンター」(ニューロマンサーの中で千葉はチバ・シティと呼ばれている)である。

余談であるが、あるサイバーセキュリティのカンファレンスに参加するために、小宮山がバンクーバーを訪れたことがあった。バンクーバーに住んでいる私に声をかけてくれて一緒にお茶を飲んだ。その時、拙著(『悪意のファネル』)の感想を熱く語ってくれたのをよく覚えている。あれ以来、彼は私の中で「すごくいい人」というポジションにいる。

ふたりの本ということで、「真夜中の弥次さん喜多さん」みたいな展開になりはしないかと思ったりもしたが、安心して楽しめる良書だった。サイバーセキュリティにくわしくない人でも、すらすら読めると思う。おすすめです。










本noteではサポートを受け付けております。よろしくお願いいたします。