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「情報セキュリティ白書2024」第4章「4.1 虚偽を含む情報拡散の脅威と対策の動向」を読んだ

「情報セキュリティ白書2024」( https://www.ipa.go.jp/publish/wp-security/wp2024dl.html )に誤・偽情報のことが書いてあるというので、さっそく読んでみた。想像していた以上によくできていて驚いた。日本の事例もかなりちゃんと紹介されていた。日本語だし、読みやすいし、おすすめです。この分野を追いかけている人にとって、目新しい情報があるわけではないが、網羅的に紹介されているので、「これは知らなかった」という発見もあると思う。


●概要

「情報セキュリティ白書2024」の「第4章注目のトピック」の「4.1 虚偽を含む情報拡散の脅威と対策の動向」は大きく5つの節に分かれている。

1.虚偽情報とは
2.ディスインフォメーションの生成・拡散の流れ
3.虚偽を含んだ情報生成・拡散の事例
4.虚偽を含んだ情報への対応状況
5.状況のまとめと今後の見通し

白書では虚偽情報の定義に欧州議会の資料をもとにしている。日本政府のさまざまな官庁でEUの先行資料を参照することが多いのはアメリカに比べて規制などで先行していると考えられているせいかもしれない。ここでの虚偽情報は日本でもよく紹介される、誤情報、偽情報、有害情報という3つに分けるものだ。

「情報セキュリティ白書2024」( https://www.ipa.go.jp/publish/wp-security/wp2024dl.html )より

白書では偽・誤情報、特に偽情報中心に話を進めている。安全保障上の脅威やその事例を紹介しながら、生成から拡散のメカニズムを整理している。ただ、紙面の制約のため、非常にコンパクトで特定の資料をもとにしたものになっていて、複数の出典を比較検討しているわけではないのがおしい。

事例は、下記をとりあげていた。それぞれ事案の内容、関係組織、手口、影響について解説している。

・イスラエル・ハマス間の武力衝突
・福島第一原発処理水放出
・台湾総統選挙、 立法委員選挙
・令和 6 年能登半島地震
・2024 年の各国の国政選挙
・新型コロナウイルス関連
・ロシア・ウクライナ戦争

後になるほど、解像度が粗くなってきていて、この順番で作業したような気がする。つかれてきたとか、時間がなくなってきたとかいうことかもしれない。事例の解説内容の出典は新聞などの記事からのものが多く、まとめかたはISDやDFRLabのような安全保障系シンクタンクあるいはサイバーセキュリティ企業のレポートに似ている。逆に言うと、Metaや大学などのレポートに比べて技術的には掘り下げておらず、体系的な視点に欠けている。また、フェイクニュース・パイプラインなどは考慮されていない。おそらく安全保障系シンクタンクのレポートでは登場しない概念だからかもしれない。

そのあとの4節と5節に書かれいる日本政府の対応、国内のファクトチェック、海外の対応、状況のまとめと今後の見直しは、正直前の節に比べるとスカスカだった。
やはり、もっとも充実していたのは3節で、他の節は大学院生あるいは気の利いた学部生でも書けそうな内容のような気がした。

3節は誰が書いたか気になるが、おそらく専門の研究者ではないだろう。出典の多くが記事であり、中にはEpoc Timesまで含まれていた。

●感想

全体として、内容はとてもよくまとまっていたものの、総じて2年以上前の知見に基づく解説という感じだった。たとえば、アメリカで偽・誤情報対策が後退していることには触れていない。政治的な意図であえてそうしたのかもしれない。CIB、データボイド脆弱性、ファクトチェックがかえって拡散を加速する効果などへの言及がなく、中国やイランへの言及がほとんどない。
3節(主として前半)はすごくよくまとまっていたので、すごくもったいない気がする。

それにしてもなんでこんなにファクトチェックの優先度をあげているのかわからない?????

なんといっても致命的なのは影響の具体的な内容や定量的な評価がないことだ。なぜなら、それがなければ対策の優先度を考えることができない。また、偽・誤情報が主たる原因なのかいう点にも疑問が残る。たとえば災害時にSNSが重要な情報入手、発信手段になるのが間違いで、行政による災害時情報通信手段が確保されているべきだろう。そう考えると、かなりの部分は偽・誤情報やプラットフォームではなく、行政の怠慢がもたらした可能性がある。そういった検証なしにすでに失敗しつつある欧米を真似るのはリスクが高い、とあらためて感じた。

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