見出し画像

恣意的に使われる”科学的”という言葉の危険性。『The Psychology of Totalitarianism』の正しくない感想

「科学」という言葉を使う時に頭に浮かぶのは物理学だったりする。でも、そこでイメージするのは直感的にわかりやすい「機械論的」なアプローチだ。たとえば物理学でも量子論は含まれないし、カオス理論も含まれない
しかし、直感的にわかりやすい「機械論的」なアプローチを取っている多くの科学は再現性の危機(同じ実験や観察を再現できない)に直面していて、おおげさに言えば科学としての要件を満たさない可能性すらある。
再現性のないものを「科学的」と呼んで信憑性が高いように扱うのは科学というよりは宗教に近く、いくらでも恣意的に利用できるフェイクニュース、偽情報の「科学的」根拠も作れるし、ファクトチェックも恣意的かつ「科学的」に行うことができる。陰謀論者がナラティブに合わせて現実を理解するように、直感的に理解しやすい機械論的アプローチに合わせて現実を理解できる。
この問題を整理、分析した本を紹介したい。したいが、すごく紹介が難しい。

ちょっと余談。紹介したいけど、紹介文を書けない本がたまっている。たとえば、チャーマーズの『Reality+: Virtual Worlds and the Problems of Philosophy』(2022年1月25日。日本でも少し紹介された哲学的ゾンビを言い出した人の本で、最近では汎心論でも有名だ。汎心論は汎神論の誤字じゃなくて、すべてに心があるという論。これはこれでおもしろいし、説得力があるお話なのだけど、この本はVRは現実であることをさまざまな論点から検討して証明している。
サイバー空間のとらえ方の基本的な発想にもつながるし、昨今の陰謀論などネットから広がるコミュニティについてもつながるとこがあって、おもしろく刺激になったのだけど、すごく紹介しずらい。2022年1月25日の発売と同時に読んだのだけど、いまだに紹介できていない。

余談はさておき、マティアス・デスメットの『The Psychology of Totalitarianism』(2022年6月23日)もそのひとつ。とある編集者の方から発売直後に紹介されて一気読みした。扱っている問題が現在進行形で重要すぎて、うまく紹介できない。
ベルギーのゲント大学の教授で、臨床精神医学と統計の専門家で、ベルギーではコロナ対策にも参加していた。
本書では現代に蔓延している「科学的」な発想やアプローチの問題点を明らかにし、今後進むべき道を提案している。

●「科学的」と科学そものの違い

言われてみると、その通りなのだが、我々が「科学的」あるいは「論理的」といった時に、多くの場合は「機械論的」な発想にもとづいている。直感的にも理解しやすいからそうしてしまう理由はよくわかる。
しかし、これはかなり古い考え方で現実的に合わない面も多々ある。量子論はまさにそのものずばりだが、力学系でもカオス理論はこうした機械論的な直感とは異なる。科学者自身すらもこの「機械論的」な科学的アプローチに縛られており、それが再現性の危機につながっていると指摘する。
再現性の危機は、心理学を始めとするほとんどの学術論文が再現できないという問題で、経済学、生物学、医学など多岐にわたる。再現率が半分を切るなど、まったくもって「科学的」ではない騒ぎになっている。
デスメットは、我々が口にする「科学的」という言葉は科学ではなく、宗教に近い教条的なものになっており、それが再現性の危機を始めとするさまざまな問題を引き起こしていると主張する。
という話が全体の3分の1くらいで前半にまとめられている。そこから、そうなった原因や社会のあり方などに話が広がってゆく。
たとえば「科学的」であることは全体主義と非常に親和性が高い。かつての全体主義国家でも科学と統計が重んじられていた。現在世界で進んでいる権威主義化の原因でもあるのだ。
あるいは医学ではプラシーボ効果が知られているが、同様に医師や看護師の接し方で効果が変わる(場合によっては非常に大きく)ことがある。それが再現性を難しくしているとデスメットは指摘している。このへんは臨床&統計&コロナに携わった彼ならではの分析だ。
再現性の危機の要因として、人的な問題も大きい。研究者の野心、所属組織、関係者、査読者などである。「機械論的」「科学的」なアプローチは人的要素を可能な限り排除してきたもので、再現性の危機が起きたのは当然とも言える。実験や観察は人間がやるのである。
このへんはデスメットの論のほんとに一部分なので、関心ある方はぜひご一読いただきたい。きっと私と違う発見や気づきがあると思うハンナ・アーレントミヒャエル・エンデの言葉がよく引用されているので、このふたりの著作がお好きな方にもお勧めできる。
コロナについても解説されていた。医学は再現性の低い科学であり、その問題がコロナで如実に表れた。

●余談

ということもあって、最近「科学的」、「論理的」という言葉を振りかざす意見を目にすると、すごく気になってしまう。
どこかで認識を変えるようなことが起きるか、それともこのまま科学とは異なる「機械論的」な「科学的」アプローチが正しいものとして全体主義化が進むのだろうか?
個人的には、ローレンツの水車を見てほしい。ランダムな要素のない同じプログラムを同時に実行させて、異なる動作をするのを目にした時は衝撃でした。ランダムな要素のないプログラムなのに、異なる結果が出る???
ローレンツの水車の解説のあるページ 
https://nazology.net/archives/68358













本noteではサポートを受け付けております。よろしくお願いいたします。