見出し画像

警戒主義が広がった結果、プレバンキングは不要になったという論文

実験以前から被験者達が偽・誤情報への警告にさらされていたため、プレバンキングの効果がなかったという結果の論文。

オランダのアムステルダム大学のMichael Hameleersの論文「Is the alarm on deception ringing too loudly? The effects of different forms of misinformation warnings on risk perceptions of misinformation exposure」https://doi.org/10.1177/02673231241271015 )は、偽・誤情報への注意喚起によってバランスを欠いたリスク認知が行われていないか、現在のプレバンキングよりも効果的なプレバンキングはないかを実験したものだ。


●概要

偽・誤情報が実際にはわずかであるという研究結果はいくつも存在するが、その一方で人々は一般的に偽・誤情報に含まれない超党派的なコンテンツ、偏った報道、質の低いニュース、 非常に感情的なコンテンツも偽・誤情報ととらえているため、人々が偽・誤情報を見ているという感覚は実際のものよりも多い可能性がある。
調査によると、人口の50%が情報に対して不信感を抱いている一方で、見分ける方法はよくわかっていない。

プレバンキングやメディアリテラシーの有効性に関する研究のほとんどは実験によるものだ。その効果の測定の前提になっているのは、真実前提理論(truth-default-theory)である。人々はデフォルトで情報を真実として受け入れるという前提だ。偽・誤情報の存在をあらかじめ伝えることで、デフォルトで信じてしまわず、注意するように仕向けることができる。

今回の論文では、437人の被験者に対して、プレバンキングを行ってその効果を確認した。事前に行った介入は下記。
1.一般的なサーチエンジンの使い方だけを伝えたグループ(対照群)
2.欧米で使用されている一般的なプレバンキングに類似のメディア・リテラシーに関するメッセージを伝えたグループ
3.偽・誤情報について強く警告し、具体的内容も伝えたグループ
4.偽・誤情報への警告は行わず、信頼できる情報の見つけ方を伝えたグループ

実験の主たる結果は下記の通り。

・介入を行わないグループ(1)でのリスク認知(偽・誤情報が含まれている可能性の認識)は50%だった。

・誤報に対する警告が強く、リスクの強調が強ければ強いほど、偽・誤情報に対するリスク認知は高い。逆に全ての介入は対照群よりもリスク認知が低かった。つまり、プレバンキングによってリスク認知は低下した。ただし、有意なのは、信頼できる情報の見つけ方の介入(4)のみ。

・結果の裏付けのために行った定性調査では、被験者は真実前提ではなく、偽・誤情報を前提としていた。偽・誤情報が氾濫していることを前提にしていたことがわかった。

・この実験の目的のひとつは事前に偽・誤情報について警告することがリスク認知を有意に高めることを検証することだったが、被験者全員が実験以前にすでに偽・誤情報についての警告を受けていたため、実験のプレバンキングの効果はなく、逆に下げる結果となった可能性がある。

・論文では、偽・誤情報の脅威を強調するプレバンキングよりも、正しい情報を見つける方法によって過度に高まった偽・誤情報前提の認知を緩和すべきと提案している。

●感想

プレバンキング介入の効果はある程度あると思っていたのだが、まさかプレバンキングが不要になるまで警戒主義が広がっているとは思わなかった。これはオランダのケースだが、他の欧米そして日本でも同様の状況になりつつある可能性は高い。

私は以前からデジタル影響工作は第2ステージに入っていると言っていたが、まざまざとそのを見せつけられた。第2ステージとは、中露イランなど第三国からの積極的な干渉がなくても、自壊してゆくステージである。中露イランは、自壊を加速するために、相手国の騒ぎを拡散する手助けをするだけでいい。

ただ、この調査はあくまでひとつの結果なので、他の調査結果や網羅的なメタアナリシスやシステマティックレビューが出てくればよいはっきりわかると思う。

好評発売中!
『ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する』(原書房)
『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)
『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(角川新書)
『犯罪「事前」捜査』(角川新書)<政府機関が利用する民間企業製のスパイウェアについて解説。

本noteではサポートを受け付けております。よろしくお願いいたします。