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人間性、身体性、家族そしてテクノロジーが凝縮された長谷敏司の『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』は圧巻の出来映え!

『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』(長谷敏司、早川書房、2022年10月18日)発売と同時に購入し、一気読み………したかったのだけど、仕事がつまっていて送れてしまった。すごくもったいないことをした。本を読むのが遅くなったのをそんなに悔やむ必要はないと思うかもしれないが、限りある生きられる時間の1日をこの本を読んでいない状態ですごすことになったわけなので1日分の人生が薄くなった気分だ。
おおげさかもしれないが、私は『My Humanity』(長谷敏司、早川書房、2014年2月21日)の中の「父たちの時間」が大好きなのである。作品の中に著者ならではの家族のしがらみがテクノロジーと絡み合って身近でリアルな未来の情景を描き出すのが最高にいい。

『My Humanity』は中編の連作だったが、『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』はひとつの長編だ。より濃密に時間が凝縮されていて読み応えがある。
片足を失ったコンテンポラリーダンサーの主人公、天才的なコンテンポラリーダンサーである父、主人公を中心にAIと人間のダンスカンパニーを立ち上げる友人。さまざまな思いが交錯する。
AIやロボットといったテクノロジーと対比することで、いやがおうにも踊ること、人間であること、身体的であること、家族であることを意識せざるを得ない状況に陥る。
AIが「踊りたい」という動機を持ち、人間とは異なるAIの身体性から生まれた表現で舞台を作り、人間である主人公が自らの身体性を極限まで引き出してそれと対話して踊る
当初、AIのダンスには人の心をよさぶる「なにかが」なかったが、主人公の父に踊りたいという内部衝動が表現に結びついていないと指摘され、そこで踊りたいという動機を与えられ、衝動と表現が人間に伝わるようになってゆく。
その一方で人間であり、表現者であった父は、認知症となり、じょじょに人間性を失ってゆく。
本書はSFであり、未来の話だが、現代でも起きているさまざまな問題や葛藤がタピスリーのように幾重にも紡がれて重厚で圧倒される世界を形作っている。

たいていの本はおすすめできる人が限られが、本書は家族、人間性、人間性といった誰でも関心を持つテーマを扱っているうえ、完成度が高いので誰にでも勧められる。もちろん、コンテンポラリーダンスにトラウマがあって言葉を聞くのもつらい人や、未来の話というのが苦手な人は難しいかもしれないが。

●感想

すごくおもしろいし、考えさせられるので、とにかくたくさんの人に読んでもらいたいし、感想を聞きたいという以上のことは言えそうにない。
個人的にデジタル影響工作や再現性の危機を汎心論と結びつけて考えることが多いので、よけいに興味深かった。
ちょっと気になったのはいくつか解像度を落としている箇所があった(主人公の彼女や兄)。おそらくこれだけたくさんのテーマを盛り込んだので、そぎ落とす必要があったのだと思う。




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