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同性愛が、もっとつまらないものになればいい


大人はずっと、お利口なんだ。

涙を栞にしても、わたしのページは滲まない。あなたのことならなんでもわかるって。それを言うのはあと、どれくらいかかるかな。

横顔を見ているだけで、吸い込まれそう。「好きすぎる」とか、それは大人の台詞にはならない。ひとつ、またひとつって。あなたとの記憶が増える、それだけで出来過ぎなのかもしれない。


「幸せになって、忘れなよ。」

そんな声もどこからか流れてくる。
今、目の前にいるあなたが最愛だけど、わたしは今までの恋人にもまだ会いたい。お祭りもクリスマスも年越しも。ずっと、残ってる。

今までの恋人は、ずっと大好きなままなんだと思う。浮気とか、そういうのじゃない。ただこれまでの記憶を、あなたとの幸せな記憶で上書きしちゃうのは、違うでしょう?それに、季節は使い捨てじゃないんだから。



「しをりさん、行ってきますね。」


彼の瞳と、合わせられなかった。
あまりに格好良くて、きっとわたしよりももっと相応しい人がいる。見窄らしいわたしに合わせて、ずっと裸のままでいてほしくなってしまう。



彼の友人が、結婚をした。

先日、その結婚式に彼が出席してきた。
たった、それだけの日常。彼は随分と楽しんだようで、その姿を見てわたしも幸せな気持ちにはなった。



そんな中、聞きたいことはたくさんあった。

でも「結婚って、やっぱり良かった?」なんて、口が裂けても聞けない。考えすぎなことがわかっていても、それを言った瞬間、関係が崩れる幻聴が、わたしの胸を刺してきそうだったから。

彼とわたしは今、お付き合いをしている。
わたしたちは同じ屋根の下で暮らし、その全てに幸福の匂いが染み付いている。正直、今住んでいる部屋はふたりで住めるほどの広さはない。「いつかもっと、広い部屋に住みたいね」って。その台詞も言えそうにない。わたしが言いたいことはきっと、数え切れないほど残っている。



彼が友人の結婚式から帰ってきた夜。

わたしは、本気になってしまった。


頬が、ほんのりと赤い。きっと、お酒をたくさん飲んできたのだろう。朝はびしっと決まっていたスーツも少し、はだけていた。


「しをりさん、今日はさすがに飲みすぎてしまいました。」


そのだらしない表情を、わたしだけに見せてほしい。誰にもその顔、見せていないよね。


「恋愛感情」という言葉ほど上品なものではなく、彼が毎日わたしは欲しくてたまらない。1日ごとに記憶がなくなったとしてもわたしは彼のことを何度だって愛せる気がした。



わたしは、同性愛者だった。
彼と同じ、わたしは男性として生きている。

わたしは、彼のことを愛している。
これを人は、「恋愛」と呼んでくれるだろうか。証明しようもない、それでもわたしのこの気持ちが本気かどうか、わかってもらえるだろうか。

幼い頃、キスをしたら子どもができると思っていた。コウノトリさんが運んでくるものを信じていた。手を繋いだら、結婚できる。抱き合ったら、それは永遠の愛。

全部、現実だったらよかった。「可能性のない恋」だって。そんな言葉、使いたくなかったけれど、やっぱり彼のことを愛するだけで時々胸が苦しくなる。泣きたくもないのに、泣きそうになってしまう。



彼が周りにどう見られているか、わたしは知らなかった。友人の前でもわたしは自分が同性愛者として生きていることを話している。彼のことを愛し、結婚したいことを何の躊躇いもなく溢していた。

ただ彼は、わたしのようにはできないと思っている。むしろしなくてもいいと思っていた。わざわざ自分のことを同性愛者だと社会で言うことに、"メリット"は少ないから。


そもそもわたしは、自分のことを同性愛者だと言い切っていいものか、少し悩む時がある。わたしは結果的に彼とお付き合いをしているだけで、彼が男性だったから好きになったかと言うと、そんなこともない。彼が女性だとしても、それで出会っていたら、わたしは変わらず彼のことを愛していた気がする。

彼もわたしも、お互い付き合う前は、女性の恋人がいた。誰がどう見ても、わたしたちはそれぞれ「恋愛」をしていたと思う。この自信の違いは、社会のせいではない。わたしの心の弱さに起因していそうだ。


誰かが使う「恋愛」の言葉より、自分の使う言葉に意味を込めたい。誰かのことなんて、結局一度も考えていなかった。わたしが愛したいから愛しただけだった。自分がしたいことを、わたしはしていただけだった。


同性愛が、もっとつまらないものになればいい。

結婚はできなくても、それくらいは叶えたい。冷めた目で見るのすら、面倒になる。

愛する人に、愛していることを伝えたい。わたしも彼と同じ指輪をしたい。形ばかりを気にする必要はないと、誰かが言うかもしれない。けれどわたしにとって、それが大事な"誓い"になる気がした。




「楽しかったですか?」

わたしは帰ってきた彼に、そう聞いた。
せめてそれくらいは聞いてもいい気がしたから。「わたしとの結婚」の話は一旦いい。「結婚」の話だけでも彼の口から聞き出したかった。けれど彼は、思っていたよりもたくさんのことをわたしに話してくれた。


「楽しかったです。それに、友達に僕、しをりさんと付き合ってること、話しました。式の途中、やっぱり周りとは結婚の話になって。自分だけ嘘をつくのはおかしいかなって、思ったんです。だから、言いました。僕もしをりさんのこと、隠さないです。僕たちだって、"結婚"するんですから。」



彼はわたしの恋人であり、婚約者だった。

わたしがあまりに彼に言うから。
「あなたと結婚がしたい」と泣きじゃくるから。

どこかで式が予定されているわけではない。

口約束はどこまで固く、リボンになるだろう。


わたしはずっと、彼だった。
彼はずっと、誰だったのだろう。


「ねえ、いいの?」


このまま恋を続けても、結婚できないよ。
このまま恋を続けても、子どもはできないよ。

彼の友人はわたしの存在を、笑ってくれたらしい。その笑いは、嘲笑ではなく、もっと、幸福なもの。誰かに認めてもらえないと、やっぱりわたしは苦しい。それでも彼が、わたしの存在と手を繋いでくれた。抱きしめてくれた。キスをしてくれた。


彼のことを愛すること。
それ以外にも、生活がある、仕事がある。

好きなことを好きにやって生きること。
向かいたいところに、進むこと。
大人になって、自分で決定したものが多くなる。

これを読んでいるあなたは、何をして、生きている。誰かから見て、つまらないことをやっているとしたら、あなたは人一倍胸を張らないといけない。

もし譲れないものがあるなら。
譲りたくないものがあるなら。


中途半端だと、笑われてしまうよ。
お利口でいる時間より、目に血を走らせて。
横槍でいじる隙もないくらいに、生きて、生きて。


わたしは彼のことを、愛している。
彼もわたしのことを、愛している。


恋愛だけに、かぎらない。


「本気じゃないから楽だった」なんて、もういらないよ。


書き続ける勇気になっています。