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月が吐いた溜め息を飲み込む。わたしはせめて、セックスがしたい


性欲は、なかった。

異性を見ても、心の高揚がない。
勿論、好きな人は好き。
でも好きが違う。好きが足りないわけでもない。もっと貪欲なまでに下心を剥き出しにした方が余程人間らしい。


わたしは女性でもなければ、女の子でもない。
結婚というものに押しつぶされそうになったこと、それはもしかすると少ないのかもしれない。だからといって、好きな人と結ばれる幸せを差し置いて、ただ"結婚"だけを求めている人を見ると気持ちが鬱屈する。わかったような振りをして言うことでもない。ただ誰が見ても"正しい関係"が欲しくなるのだ。それでも人は保てる。間違いなんてない。幸せになるための方法として、知っているものだった。


” あなたが落ち込んでいたから。”

わたしはそれに付け込んで、あなたの心を奪ってしまおうかと思った。犯罪でもなんでもない。わたしは今あなたのことが誰よりも好きだから。だったら文句、ないでしょう?

わたしがあなたのことを一番好き。
それを証明する方法なんてないけれど、あなたがわたしの方を見てくれたら"勝ち"なのだから。わたしは誰かの悪者になって、あなたと幸せ者になりたい。醜くて、気が滅入りそうにもなる。それでもわたしは、あなたが吐いた溜め息を飲み込む。


「セックスがしたい。」

その言葉を、わたしは大事に抱えたまま。
そしてわたしは性欲に繋がらないハグをして、涙を流す。

これだけでいいよ、と。
ただどうせならこの気持ちが、一生続いてほしかったのです。



性欲の波がある。
もう一生セックス出来なくてもいいや、と思える日もあれば。頭がおかしくなりそうなほどセックスをしたくなる日もあった。それをコントロールするのが人であり、大人なのだろう。それでも好きな人が目の前にいれば、その波を止めることは出来ない。胸の奥が疼いている。目の前の人との朝も昼も夜も瞬時に想像出来た。抱きしめられた時の表情も、全部。全部。


わたしには好きな男の人がいる。
同性である、彼のことがわたしは大好きだ。それは勿論恋とか、愛とか、性的な意味でだ。今の段階ではわたしは女性のことも好きだと思う。ただ彼の存在が大きすぎて、身体の動きをいつも制御出来ない。本人が目の前にいれば、落ち込んでいたことなどすっかり忘れ、一番可愛い表情をしていたくなる。一日の終わりに思い出す"女の子"が、わたしになってほしかったから。


そんな彼とはSNSで知り合い、今もよく一緒に遊びに出かけている。彼にとってわたしは"友達"のようだ。それで満足出来ることなんてないけれど、今はそれでいいことにしている。

いつ終わってしまうかもわからない、始まってすらいないこの関係も、いつ終わるかわからない。ただ最近の彼は、悩みがあった。


「しをりさん、最近彼女が冷たいんです。」

彼はわたしに話しかける時、いつも敬語だ。わたしも同じように敬語で話す。その距離感がわたしは好きだった。そして彼には恋人がいた。女性の恋人。目が大きくて、本当の"女の子"だった。

わたしは彼の話を頷きながら、そして相槌を丁寧に打つ。彼は本当に彼女のことが好きなのだろう。そんなことがわかっていても心が痛い。わたしは彼に嫌われたくない、そして彼の彼女にだって本当は嫌われたくない。ただ悩みを溢す彼の頭を、撫でてしまおうかと思った。わたしにはないはずの"母性"みたいなものが顔を出す。そんなわたしの姿を見て、勘違いでもいいから惚れてほしかった。女の子のわたしに身体を預けて、一緒に心から幸せになってしまいたかった。



金木犀の香りよりも、わたしは彼のつけている香水の匂いが、きっと一生忘れられない。人工的な匂いで、ただ彼の匂いも少し混ざっている気もした。どんな季節になってもわたしはその匂いを思い出すのだろう。まだ始まってもいない。終わってもいない。宙に浮いたままのこの感情を、飲む。

好きな人には伝えられるうちに「好き」を伝えたほうがいいのだろう。ただわたしはこうして後悔することがわかりきっている恋をひとりで勝手に進めている。手を繋ぐことも出来ない。結婚、今は出来なくてもいい。もし彼と出来るのであれば、してしまいたい。それも全て勝手で、空想だ。


男女に起こり得る、友達以上恋人未満の関係。
楽で甘くて、たまにある苦さも時間が経てば消えていった。もともとどうなってもいいと思っている。両者がそうでなくとも、片方はきっとそうだ。だから続けていられる、ゆっくりと。ただ首は締まっている。都合が良くて無責任だ。けれど責任なんて最初から、なかった。そんなことが全て狡い。乾いた「好き」を重ね合わせ、それらしい潤いを羽に忍ばせるのだ。

それが"偽物"とは言わない。
ただ、もっと"本物"がある気がしてしまった。


わたしが彼となれる可能性のあるもの、それは"友達"だ。彼の悩みを聞いて、心のおこぼれをもらったとして。わたしはせいぜい"良い友達"だ。気持ちがわたしに性的に傾くことはない。ただ、傾いてもよかった。傾いて欲しかった、せめて。

彼と一夜を共にするだけの関係に、進みたかった。今のこの一緒にいて楽しすぎる時間を全部吹っ飛ばして、彼とセックス出来れば良かった。

そんな関係で「十分」なんて言わない。
その関係が最高に甘くて、頂点みたいな幸せだったから。


わたしはこのまま、ずっといくつもの心を準備して彼に会い続ける。報われたい気持ちを仕舞って、ただ彼の前では可愛い女の子として生き続ける。淋しくて、声が突然出なくなってしまいそうだ。

世の中の女の子、全員が好きな人の一番になれればいいのにって思う。その思いの中にわたしも混ざりたい。


世の中が思う、"これ"っていう幸せはある。
それでも人それぞれの人生と価値観と心で生きているから。だからせめて、自分の思う「幸せ」で生きればいい。


そうやって解決しようとしている今も、ずっと彼とどうにかなってしまいたくて疼いている。

でもせめて、せめてなんだよ。


書き続ける勇気になっています。