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【二次創作小説】 スノードロップの季節〜鮎川兄妹の受験事情

こちらは「太陽よりも眩しい星」の登場人物、鮎川くん視点の二次創作小説です。


井中町には何もない。

町の8割は山と雑木林だ。
駅前にあるセコマは井中町でいちばん品数が多い店だが、夜9時には電気が消える。
国道沿いにガソリンスタンドと焼肉屋。
あとは週2日開く金物屋があるだけだ。

塾もファミレスも病院も、行きたければ隣町まで足を伸ばさなければならない。

でも井中町には川がある。
とてもきれいで夏にはみんな泳ぐ。

もちろん山もある。
虫採りが井中町の子供の娯楽になっている。

冬にはドカ雪が降るのでそりで遊ぶ。

俺は将棋が好きなので、どこに住んでいようが指していれば満足だ。
ネットを使えばいくらでも相手は見つかる。
ついでに買い物もネットで済む。

せまい町なのでみんな顔見知りで、そんな気やすさも悪くないと思ってる。

「ちょっと陽太、聞いてる?」
「ほんっと田舎って最悪!」

目の前で大声を出されて、俺は棋書からゆっくりと顔を上げる。
「聞いてない」

「陽太も最悪!」
「おまえさ、一応俺は兄なんだからお兄様と呼べよ」
「じゃあお兄ちゃん」
「んーまぁ許す」

「だからさ、裕二の奴がまた私のこと、ガリ勉だってバカにしたんさ!ちょっと走るの速いと思って!悔しかったら全教科満点取ってみろっつーの」

目の前でぷんすか怒っているのは妹だ。
こいつの愚痴はワンパターンすぎて、すっかり聞き流す癖がついてしまった。

「だっておまえ、どうせそいつに『バカじゃないの?』とか言ったんだろ?」
「う」
「全教科満点だって自慢したんだろ?」
「だ、だって、先生が褒めてくれたから…」
「やっぱりな。何でわざわざそういうこと言うかな」

田舎で勉強がデキる奴は、正直言って浮く。
ただでさえ塾がなくて、家庭の素養がもろに反映してしまう環境だ。

俺もそうだった。
小学校に入学したばかりの頃、同級生がかんたんな問題を解けずにいるのを、純粋に不思議な気持ちで「何がわからないの?解けないふり?」と訊いて総スカンを食った。

だからテストが満点だろうが何だろうが、極力自分からは言わないように、嬉しそうな顔を見せないようにしてきた。

褒め言葉はすました顔でやり過ごし、「チャリ乗れないから後ろ乗せて」と言えば、周りは勝手に親近感を持ってくれる。

狭い町には逃げ場がない。
周りとうまくやるのは死活問題でもあるのだ。

しかし妹はその辺の機微をまったくわかっていない。

ここは田舎だ。
男の俺よりも女の妹はずっと悪目立ちする。
しかもこの生意気娘は、全国統一模試で1桁台をとったこともある。
俺は最高でも2桁だ。

わが妹ながら驚くほど勉強に向いた脳みそを持っている。
しかし成績が良すぎるからこそ、余計に目立つのだが。

妹は何も理解せず、ここが田舎で、周りがバカなのが悪いと思っている。
勉強は俺よりもずっとできるのに、どうしてこれっぽっちのことがわからないのか、不思議でならない。

「まぁおまえにはこの町は向いてないよ。高校は周りと切磋琢磨できるとこ選びな」

妹の顔がぱっと明るくなった。
「それって東京!?」

「おまえ東京行くの?父さん許さないだろ」

妹はにんまりと笑う。
「お兄ちゃんが先に行けばいいじゃん!ふたりなら許してもらえそうだし」

「は?俺も?もう中3だぞ?今からじゃ間に合わないだろ」
「まだ5月じゃん!半年以上あればヨユーでしょ?お兄ちゃん♡」

俺は深いため息をつく。

「ふだん散々バカにしてくるくせに、こんな時だけ雑に持ち上げるなよ」

「まぁまぁ、そんなこと言わずに。私も女一人だと心細いし」
「この家出てまでおまえと暮らすなんて絶対やだ」
「妹への愛が足りない」

「まぁお前はまだ中1だし、しっかり進路調べとけ。他はともかく、ここだけは雑にするなよ」

「はーい!」

妹はソファにダイブすると、ご機嫌になってスマホを弄り始めた。
さっそく東京の高校を調べ始めたらしい。

俺はもう一度ため息をつく。
知らない場所でこいつと二人暮らしだなんて、想像するだけでうんざりだ。

***

「ねぇ陽太、覚えてる?昔この神社で恋人ごっこしたよね」

突然そんなことを言われてびっくりした。

中学校から帰っている途中、駅前でばったり小学校の友達に会った。
帰り道が同じだから、何となく一緒に帰っていた。

「あー…。あったねそんなこと」
「えーひどい、忘れちゃったの?」
「みんなで手つないでみようって適当にペアになったのは覚えてるけど」
「そんなもんかぁ」

前を歩いていたその子がわざわざこちらを振り返って笑う。

この子、顔は覚えてるんだけど…。
名前、何だっけ。

「私は忘れてなかったのにな」

名前のことを考えていたのでぎくりとした。
けど、どうやら恋人ごっこのことらしい。
小学生の頃、みんなでふざけてやったお遊びだ。
心底どうでもいい。

「ねぇ、陽太はどこの高校行くの?」
「うーん、まだ決めてない」
「えっまだ?」
「うん、妹が東京行けとか言い出して」

急にその子が立ち止まる。

「…陽太、東京行くの?」
「いや、まだ決めてないけど」
「そっか、東京…頭良かったもんね…」

その子が何やらぶつぶつ呟き出した。

「私はたぶん、札幌だよ」
「だいたいこの辺か札幌だよな」
「東京なら、もう会えないのかな」
「いやだからまだ決めてないんだけど」

こいつ、人の話聞かないな。

「ねぇ陽太…」
「あ、今日用事あるんだった」
「え」
「じゃあね」

同じ話のループにややイラッとして、俺は先に帰ることにした。

「あの、あの」と話しかけてくるのを「ごめん、またね」と遮って足早に歩く。

受験生だけど、勘が鈍らないように空き時間に将棋も指しておきたい。
時間は有限だ。

***

「あのな、うちがふたりも東京にやれると思うか?」
「だよね」

一応父さんに相談してみたが、けんもほろろに断られた。
うん、わかってた。

うちは井中町では裕福な方だが、金持ちなわけじゃない。
大学は出してくれるだろうけど、高校からふたりも上京するのはさすがに無理だろう。

「あ」
突然閃いた。

「俺は特待生制度のある高校にしようか?寮含めて奨学金もらえるとこ探すよ。そしたらあいつだけでも好きなとこ行かせてやれないかな」

父さんはじっと俺を見た。
「陽太はそれでいいのか?」

「俺は別に、ある程度自分の成績に見合う高校であればこだわりはないから」

これは本当にそうだ。

「でもあいつは違うでしょ。実際、頭良いんだしもったいないよ」
「うーん、確かになー…でも女の子が一人暮らしなんて危ないだろ」
「女子寮探せば?何かしらあるだろ。東大目指すにしてもこの田舎じゃムリだし」
「うーん、でもなぁ…」
「じゃ、そういうことで」

父さんが煮えきらないので、俺は話を切り上げた。
あんな生意気で可愛げのない奴でも娘を手放すのは寂しいらしい。

でもこの町じゃ家族揃って暮らすのは限界がある。

方針が決まればあとは勉強するだけだ。
普段は授業を聞いてるだけだけど、今回は高校を選んだら過去問を完璧にしよう。
首席で通れば特待生もいけるだろ。

胸の中が何だかそわそわしてきた。
勉強でわくわくするのは初めてだ。
 
***

「ねぇ鮎川くん、最近は将棋打たないの?」

隣の席の子に言われて、机の中のものをリュックに移動する手が止まった。

「"指す"回数は減ってるかな、一応受験生だし」

この子とは以前何度か指している。
将棋は「打つ」んじゃなく「指す」ものだということも過去に指摘している。
将棋指しには気になって仕方がない誤用だ。
なのに直らない。

(結局、将棋に興味がないんだろうな)

指し手も、全然自分で考えずにいちいちこちらに訊いてくるのだ。
対局が成立していない。
ひとりで棋譜並べする方がよほど楽しい。

「ねぇ、またやろうよ!」
「駒の並べ方覚えた?」
「それはまだなんだけど、また教えてほしくて」
「あー…」

俺は思考を巡らせる。

「LINE交換してたよね。帰ったらLINEするよ」
「えっ」
「おすすめのサイトあるから紹介する。わかりやすいよ。駒の動かし方覚えたら指そうか」

ものすごく嬉しそうだった女子の笑顔が、徐々にしぼんでいく。
情緒不安定なのか?

「じゃあ」
「あっうん、…ばいばい」

受験生のこの時期に将棋を覚えようだなんて。
興味があるんだかないんだか、よくわからない。

***

3月。
雪解けが始まり、家の庭からスノードロップの芽が出た。

「陽太の裏切り者!」

妹に北高に合格したことを報告したら、いきなり顔にクッションが飛んできた。
とんだ合格祝いだ。

「怒りそうだから言わなかったんだよ」
「そりゃ怒るよ!一緒に東京行こうって言ったじゃん!」
「東京は寮つきのとこ少なくて」
「寮の必要なくない!?」
「あるだろ。好きに勉強させてもらってるんだから、普通は少しでも親に負担かけないように考えるだろ」

妹はなぜだか目を見開いている。

「…考えたことなかった」
「だからおまえはまだガキなんだよ。好き放題するだけじゃなくてちょっとは考えろ」

そこでふと気づいた。

「そういやお前、最近裕二の悪口言わなくなったな」
「!」
「裕二どうしてんの?」

急に後ろを向いてスマホを弄りだす妹。
スルーか?と思ったら小さい声で返事が帰ってきた。

「…陸上で全国行ってたよ」
「あー、何か聞いたような」
「それで学校中にモテて調子乗ってる。私にも妙に優しくなったりして何か気持ち悪い」

聞いたことのない声音な気がして、思わず妹の方を見る。
耳が赤い、…ような。

「まぁおまえが喧嘩売らなくなってひと安心だよ。もう俺フォローできなくなるからな」
「そんなの頼んでないけど」
「そうかよ」

妹のとこまで歩いて頭をなでる。

「札幌行ってからも何かあったら遠慮なく言いな。話くらいは聞いてやるよ」
「……ん。ありがと」

珍しく素直だ。
こいつもこいつなりに成長してるんだなと微笑ましい。

「ちょっと陽太、いま笑ってたよ!?」
「え?そう?」
「笑ってた!なんか優しい感じに!何それ珍しい!明日は吹雪かも」
「うるさい」

話してるうちにやけに楽しくなってきた。
妹の頭をぐちゃぐちゃにする。

「ちょっと何すんの!」
「なぁ、受験勉強の合間でいいから、父さんと母さんのこと頼むな」

生まれて初めてこいつに頼みごとをした。

妹はこちらを見上げてにっこり笑った。
「任せな!」

fin.



あとがき

作中に、鮎川くん以上にデキのいい中2の妹がいると出てきたので、そこから発想した作品です。

「進路相談は頼りになるのに恋愛相談はポンコツなお兄ちゃん」
「中学校で無双してるのにまったく気づかない鮎川くん」
「狭いコミュニティーで勉強ができすぎると、(めっちゃコミュ力高かったりコミュニティーリーダーの家系でない限りは) 浮く」

このへんの要素をイメージして書きました。

鮎川くんが女子に優しく接するようになったのは朔英と出会ってからだと解釈しておりまして。
作中の鮎川くんはたいへんクールな雰囲気になりました。

女子の思惑にまったく気づけない天然鮎川くんですが、実は妹にはめちゃんこ優しいぞ♡というのが伝われば何よりです。

ちー


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