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マルイ、OIOI、おいおい

日曜日のお昼すぎ、歩行者天国で賑わう新宿。ぎらぎらと暑い日だった。その日わたしは東京にきて1年経つという友達とランチを食べ終え、マルイを目指していた。

慣れない新宿を頼りない足取りできょろきょろしながら歩く。しばらくして、遠くのビルにマルイの看板ロゴを見つけた。

「あ、あった!」と声を上げるも、友達は「ん?」とまだ見つけられていない様子。「あれ、あの看板の先!」と指差すと、友達が「……おいおい?」と真面目なトーンで言うものだから、思わず笑ってしまった。友達は冗談じゃなく本気で、「OIOI」の文字を「おいおい」と読んでいた。

「あれマルイだよ!」とけらけら笑いながら指摘すると、つられるみたいに彼も笑う。わたしも「OIOI」を「おいおい」と呼んでいた時期があったなぁ、なんてことを思い出した。小学生か中学生で卒業したけれど。そんな話をすると、「ええ、自分もう30歳なのに、世間知らずすぎる!」と、はにかむようにまた笑った。

とはいえ彼は小学生のときに日本に来たらしいし、都市部に住んでいたわけでもない。その背景を考えればそんな風に思わなくても、と後になって気づいたけれど、そのときは何も考えずに笑ってしまった。


可愛いというのはかるくみること。かるくみるのはみくびること。みくびるのは、愛すること。

田辺聖子さんの『お目にかかれて満足です』という小説に、そんな言葉が出てくる。彼の発言を笑い飛ばし、変わらず隣を歩きながら、ふと思い出した。

みくびるって言葉はあまりいい印象ではなかったけれど、小説に出てくるこの言葉は嫌な感じじゃなくて、今の自分にはなんとなくわかる。

その感覚を齟齬なく言葉にするのは難しくて少しはばかられるけれど……。ともかく、相手を蔑むとか下に見るとか、そういうことじゃないのだ。

ただ、可愛いと思えるようななにか、かるくみることができるなにかを相手にみるような、そういう愛もある、ということ。

相手のいいところしか見えてない「恋」にはなくて、相手のいろんなところを知ってなお関係を続けていく「愛」にあるものって感じがする。

恋愛関係にない友達に愛だなんて少し大げさな気もするけれど、間違いなく恋じゃないしなぁ。そう考えると、やっぱり愛になってしまうな。


その日、彼とは新宿マルイにある「新宿バルト9」で映画を観た。ふたりが好きな是枝監督の最新作。

登場人物のやさしさにほろりとするシーンで、隣に座る彼がすすり泣きしているのがわかった。感情移入しがちで、どこまでも純粋でまっすぐな人。この人に幸せになってほしいなぁと、わたしも純粋な気持ちで思った。



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