見出し画像

食パン

28年前に住んでいたマンションの向かいは、大きなグランドのある小学校だった。日が昇り明るくなると、マンションのロビーに集まっていた住人はいっせいに小学校のグランドに向かった。
私達夫婦もパジャマのまま、ダブルサイズの布団と毛布を持って、瓦礫を避けながらヨタヨタ歩いていく。垂れ下がった電線や傾いた電柱、壊れた家を見ても、全く気にならない。まるでずっと前からその状態であるかのように。

持ってきた布団と毛布にマンションの住人とコタツのように足を突っ込み、静かに喋っていた。知り合いを助けに行く人、襖を担架代わりに使って遺体を体育館に運ぶ人、ボールで遊ぶ子供達、沢山の人がそれぞれに動き回っているのに、とても静かった。

しばらくすると、近くのパン屋さんが沢山の食パンを持って来てくれた。ホテルに配達する予定だったが、全部キャンセルになったらしい。それでもあまりに多くの人数なので、当たり前だが、みんなに当たる訳はない。
それぞれが「食べて、食べて。」「子供たちに。」と遠慮する。

仲の良い奥さんが
「私、胸がいっぱいで食べられない。食べて!」
と私に言ってくれた。
「私、部屋に戻ったらお菓子があるし・・・」
「食べなアカン!お腹に赤ちゃんがいるねんから!」

真っ白でフワフワの焼きたて食パンを一枚いただく。
焼きたてだと言っても真冬の外。パンはひんやり冷たかった。
私の人生で一番のご馳走は、冷たくて温かい、甘い甘い食パン。


#元気をもらったあの食事

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?