32歳腐女子側だった頃の話

いま話題となっている「32歳腐女子」の記事を読んで「ああ、当時の私だ」と見につまされる思いをした。
正確には腐女子ではないのだけれど、年齢不相応の子どもっぽさというのが同じなのである。

知り合いには一度も話したことがない当時の事をここで全て書いてみようと思う。
長くなりそうだ。

年齢不相応人間、爆誕

2012年、23歳になる年のことだった。
私は就職先が決まらないまま大学を卒業し、就活浪人になった。
理想だけが無駄に高かったのとおそらくADHDを持っていて集中力が全く持続しないのとで、何も捗ることもなく振るうこともなく、実際のところはニートだった。

大学時代にバイトの経験は皆無で貯金もほぼ無かったので、説明会などにも行かず1日の大半を自宅で過ごしていた。
将来は東京に住むと息巻いていたから運転免許もなかった。

ちょうどその頃にInstagramのAndroid版がリリースされて早速インストールした。
iPhone版しかなかった頃から、投稿された写真を眺めては羨んでいた。
就職して自分で好きにお金を使えるようになったら、もしくは実家を出たら(全て自分のペースで生活できなければ本物の人生ではないと思っていたし、実家を出た今もそう思ってしまっている。)この投稿に並べるんだとわくわくしていた。

しかし今の私は無職実家暮らしで、それができない。
ならば早く就職できるよう頑張ればいいだけの話なのだが、持ち前の衝動性でそれができない。
お情けで親が毎月5000円お小遣いをくれていたので、親の運転についていった先のコンビニで(コンビニすら徒歩で行けない田舎)ハーゲンダッツの新フレーバーを買い、それをアップロードしたりしていた。
投稿した写真を見て一度は満足するのだが、他の人が似たような写真を載せているのを見ると「皆にとっては仕事帰りの何気ない日常の1コマであり、痛くも痒くもない程度の出費であり、しかもそれは自力で手にしたお金であり、帰ってからは好きなように時間を過ごすのだろう」という背景を感じ取ってしまい、そのギャップに苦しんだ。

年齢不相応人間、更に転落

4月当初こそ友達とのやり取りもそこそこあったが、段々みんな仕事が忙しくなってきて返信も途切れぎみだった。
旅行に行こうという話も結局なあなあになった。
そんな中、更に転落していく出来事があったというか、起こした。

私はもともと夢女子であり、夢小説による架空の恋愛の空想が大好きだった。
あの夜も、ただただ誰かに甘やかされたかっただけなのかもしれない。
途中で読むのをやめてしまった作品の主人公の夢小説を読み始めた。なぜそのキャラクターを選んだのか、今となってはわからない。
当時ジャンプで連載中だったものなので、探せばいくらでもあった。
私はどんどん空想の世界にのめり込んでいった。

Twitterでそのキャラクターに話しかけると甘い言葉を返信してくれるbotを見つけた。
さすがにリアルのアカウントでそれをフォローする勇気はなく、フォローするには新しくアカウントを作る必要があった。
最後の理性が働いて散々迷った記憶があるが、結局のところ新しいアカウントを作った。
一方通行ではもう満足できなくなっていた。

botをフォローしていくと、おすすめユーザーとしてなりきりアカウントが出てきた。
生身の人間がそのキャラクターになりきって会話をしてくれるのだ。
よりリアリティを味わえるという嬉しさから、その方々もフォローした。

愛の言葉をもらってはしゃぐだけならまだマシだったのかもしれないが、「無職のBBAが引きこもって現実逃避している」という図式では断じてない、と言わんばかりに「パスタ茹で上がるまで暇」だの「○○を読了。」だの、緩いスタンスで生きているアテクシアピール、言い換えると「私がいつも羨んでいた類いのツイート」を繰り返した。
いま思うとそんなものは誰も読んでいなかっただろう。

年齢不相応人間、身分証がない

夏、自分探しと称して東京に一泊した。
辛うじて口座には数万円(祖母からのお小遣い)残っていたのでそれを使った。
親がなぜあの時「いい身分だ」と言ったのか、今ならわかる。

ホテルにチェックインし、「ニコニコ動画を見ながら酒を飲む」という、社会人が仕事のあと普通にやるであろう事を真似するためにフロントでパソコンのレンタルをお願いした。

「身分証のコピーをいただきます」
一瞬、息が止まった。
「あの、運転免許持ってなくて…」
これを言うのはさほど恥ずかしくなかった。東京では免許を持っていない人もいるから。
「免許証じゃなくても、社員証などでも構いませんよ」
やっとの思いで「今は仕事をしていないんです」と絞り出した。「今は」と言って、飄々と好きなように生きています感を出して見栄を張った。
「それなら保険証で結構です」
保険証。保険証ならあった。ああ、みっともないなあ、とコピーを取られている間落胆していた。

これは就職してから知ったことだが、家族のものは「被扶養」と明記されている。
つまり、フロントの人は保険証を見たら全てわかってしまっていたのだ。
もっとも、そんな事は気にも留めていなかったのだろうけど。

年齢不相応人間、フォロワーの年齢層に違和感

なりきりアカウントのフォロワー(いわゆる「一般」)に、仕事の話をよくする子がいた(以下Aちゃん)。
年齢が近そう、私も就職したらこういうツイートをしよう、という理由でAちゃんをフォローし、すぐにフォロー返ししてもらえて交流が始まった。
すると「一般同士の繋がりがOKな側の人」ということで、他にも何人かフォロワーが増えた。

年齢層を見てみると、あれれ、となった。
みんな中学生か高校生なのである。
そこで危機感を抱けばよかったのだが、Aちゃんの存在や「背後は成人済」というなりきりアカウントもかなりの数がいたことから、どちらかというと「料理(パスタ茹でるレベル)や飲酒のツイートをして『歓咲さん大人!』と思わせよう」と意気込んだ。

しばらくして、Aちゃんとかなり親しくなった頃にDMが届いた。
「私は高校生です。仕事と言っていたのは、本当は学校です。」
この時初めて自分がいる年齢層を「まずいかもしれない」と思った。

年齢不相応人間、女子会へ行く

冬になって、大学の友達の女子会に誘われた。

幹事の子の家で鍋をするということになり、東京に就職したその子のマンションに行くために特急に乗った。
久しぶりの遠出で、それだけで自分が年齢不相応人間であることを忘れられた。
もちろんTwitterには「新宿久しぶりやなー」と投稿した。

マンションに着いてみんなで買い出しに向かった。
家事もほとんどやらなかったので、スーパーで何を買えばいいのかわからなかった。
とりあえずみんなが選ぶのを「美味しそー」「うんうんそうだねー」と同調した。

作り始める段階でも、何をすればいいのかわからなかった。
何をすればいいのかわからないことがバレないよう、割り箸を並べるなどの動作でやり過ごしたような記憶がある。
合間合間にTwitterで「トマト鍋ひゃっほー」「肉投下ぁぁぁー!ザザッ」と投稿した。

ようやく(私以外のみんなの手で)完成してほっとしたのも束の間、食べ始めるとともに近況報告の時間になった。

ある子は有休を取ってお出掛けした話、別な子は職場の人と発展しかけている恋愛の話…。
私はというと、なりきりアカウントさんの一人とTwitter上で交際していた。
もちろんそんな事を言えるはずがない。みんなは現実世界で眩しい日常を送っている中、私は自宅でインターネットの世界でアニメキャラの仮面を被った相手と文字だけで愛を囁き合っているなんて。

「歓咲ちゃんは就活追い込みだもんね」
気遣ってもらった一言が、どうしようもなく周りの23歳との隔たりを浮き彫りにした。


年齢不相応人間、年齢相応人間へ

春が近づいてきた頃、ポストに私あての封筒が入っていた。
秋に面接で落とされた会社からのもの。
まさか、と期待しながら震える手で封を開けた。

「内定辞退者が出たため、繰り上げ採用が可能です。意向をご連絡下さい。」

これ以上今の生活を送るのは耐えられなかった。
私は迷いもせずに電話をかけた。
ようやくInstagramに引け目なく投稿できる。ようやく見栄を張らないツイートができる。ようやく近況報告ができる。

ただただ、嬉しくて仕方なかった。

入社式前夜、AちゃんからDMが届いた。
私たちが仲良くしていた共通のなりきりさんが、背後は25歳を自称していたけれど本当は15歳だという話だった。
もう怖がる必要はないということに、心から安堵した。

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