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「アゲハ蝶」の世界をどうしようもなく羨んでいた12歳の頃の話

12歳の頃にポルノグラフィティの「アゲハ蝶」に衝撃を受けた。

歌詞がとにかく新しい。
「君が好きずっと変わらないこの気持ち」のような詞しか知らなかったので、旅人だの詩人だの戯曲だの、冷たい水をくださいできたら愛してくださいだのの言葉の選択にひたすらに驚いたのである。
自分の脳の未だ触ったことがない場所を激しくノックされたような感覚だった。

それと同時に、芸能人というのはなんて格好いいんだろうという羨望も生まれた。
その衝撃や羨望に流され、当時好きだった男性アーティストに恋愛感情を抱いてしまった。

地元から少し離れた大都会(と当時は思っていたがただの県庁所在市)のショッピングモールには生写真やキーホルダーなどが売っていて、大人の世界が与えてくれる彼の欠片を必死で集めた。
彼が写っている写真がどこで撮影されたのか全く検討がつかないぐらい私が住んでいる世界とかけ離れていて、それがとても切なかった。

その日はショッピングモールでプルタブ型のネックレスを見つけた。
当時浜崎あゆみが付けていたようなデザインのものである。
アクセサリーは100円ショップでしか買ったことがない私にとって、その1000円のネックレスを買うのはかなり勇気が必要だった。
かなりの覚悟で1000円札を出してお会計を済ませると「やっぱり芸能人はすごいな、1000円もするネックレスを付けているなんて。でも私も奮発して買ったからあゆや彼に少し近付けたんだ!」と高揚感でいっぱいになり、それが偽物だということすら知らずにはしゃいだ。

ある日、芸能雑誌をめくっているときに彼と私の決定的な違いに気付かされた。
彼は眉と目の幅が狭くて二重瞼なのだが、私は眉と目が離れていて一重瞼だ。
それだけではない。中学校の校則があったので眉を剃れず、太く長いままで瞼にも毛が生えている。高校の推薦入学を視野に入れていたので髪型はいわゆるヘルメット頭。コンタクトレンズにする勇気がなく、キッズ用でデザインが限られていた垢抜けない眼鏡。

この雑誌を読むために向かっているのは学習机。歌詞カードには読めない漢字や知らない単語がある。アルコールランプの使い方や方程式の解き方を知っているということが世界のほとんど全て。
ああ、駄目だ、めちゃくちゃに頭が良くないと「アゲハ蝶」の世界には行けないんだ。いつかこの地元を脱出しないと「アゲハ蝶」の世界には行けないんだ。
大人になったら「アゲハ蝶」が居る東京に住もうとその時強く強く強く思った。

大人になった今、瞼はアイプチを数年続けても二重瞼になる気配がなかったので埋没法の手術をした。眉は化粧しやすいように細くしている。髪はセミロング。コンタクトは高校生のときにデビューした。
実家を出て引っ越すときに用意したのはパイン材の机。歌詞カードも読める。義務教育で習ったことは今の私の世界で滅多に活用されない。

そして、東京には住んでおらず今も地元にいる。
結局のところ東京で職を得る実力がなかった。
私は「アゲハ蝶」の世界に行くことはできなかった。

SNSが誕生し、今は芸能人の人々との距離がかなり近くなった。
それでも私が学生だった頃にそんなものが無くてよかったと思う。
世界線が違うんじゃないかというぐらい現実味を帯びない存在に恋い焦がれる絶望感は最高だった。

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