Please, Airplane
これあげる
そう言って、差し出された円柱形の箱には、クラシカルな女性が描かれていた。
私は、彼をみた。彼は色白で、星の様な眼をしていた。彼がくれた小箱に入っている、菫の砂糖づけに似た、秘密めいた瞳だった。
「……ありがと。いっしょにたべよう」
私は言い、ブランコに坐った。
夏休みになって、荷物をまとめて部屋に置いて、この公園に来た。
彼は少しおいて、となりに坐った。彼はぽっちゃりしていて、その外見と何かキレイに同調していた。エレガントなひとだなあ、と私は思った。知的で、誰かにからかわれた時、一言で黙らせた。寡黙という訳でもないのに、何だか、とても静かな感じがした。9月の初めの虫の音みたいに。
「どこいったの?」
「え?」
「これ、外国のお菓子でしょ?」
「ああ、叔父さんが海外に行ったんだ。おみやげのなかにあって……」
「なんで私にくれるの?」
「それみたとき、こばやしに似てたから」
「え? このひと? 似てなくない?」私はパッケージの女性をみて言った。
「いや、その人じゃなくて……」
「なんか、そういう色の服、よく着てるだろ?」綺麗な指で、箱の中身を指し、彼は言った。
「そうかな?」私は言った。濃い紫色のひとつを陽に透かした。「綺麗」
「おれ、もうすぐイギリスに行くんだ」
唐突に、彼は言った。
私は黙って、彼の言葉を聴いた。
「おれの印象って、あんまりないだろ?」
結構あった。いつも図書室にいる事、先生とよく喋っていること、それも、生徒と先生というより、どこか対等に、話している様に見えたこと、机にいつも古風な金と燕脂色のカヴァーの本を乗せていること……。ちょっと憧れて、図書室で眼を通したことがあるけど、あんまりよく解らなかった。
「いっぱいあるよ」私は言った。「イギリスかあ」
「うん」
「私、けっこうミドリオカくんのことすきだったよ。」
いうと、ミドリオカくんは、びっくりしたような顔をした。
「鳥の世話とか、すごくしっかりしてたし、大人っぽくて、皮肉はいうけど、悪口は言わないでしょ? そういうところが、すごいなーと思ってた」
「おれも、こばやしの宿題絶対しないところがすごいなーと思ってたよ」
「え、そういうすごいじゃないんだけど……」
「いやいや。そうやって、マイペースに自分を貫くところ、すごいよ。」
「さぼってるだけだけどね……」
「ずっと喋ってみたいとおもってたんだけど」
彼は黙った。
「さびしくなるなあ。あのユーモアがある、ピリッとしたツッコミを聞けなくなるのも」
あの、かっこいい、背筋ののびた立ち姿と、腕の中の本をみれなくなるのも。
「うん」彼は言った。
「イギリスって、どんなところ?」
「おれも行ったことないから、わからないんだ」
「すてきなところだろうなー」
私達は、しばらく黙っていた。
「実は」ミドリオカくんは言った。「俺、こばやしが好きだったんだ」
「私を?」
「うん」ミドリオカくんは言った。「ごめんね」
「なにが?」
「5年の頃、いじめられてただろ?」ミドリオカくんは言った。「止められなかった」
ああ。私は思った。あの頃、ミドリオカくんとミドリオカくんの友達だけ、私を無視しなかったな。
「ううん。」私は言った。「大丈夫。おかんが殴り込みに行ってくれたからね」
「うん。」ミドリオカくんは言って、弱々しく笑った。
「手ぇつないでいい?」ミドリオカくんは言った。
私は手を差し出した。それを、ミドリオカくんは握った。
「イギリスのすごい美女と手ぇつなげるよ」私は普通に言った。ミドリオカくんが、この世の終わりみたいに、ぎゅっと私の手を握ったから。
「今度はどんなに恐くても、まだその子のこと好きじゃなくても、悪いことは悪いって、言えるようになる」
私は黙った。
「こばやしは、俺の心臓の、1番大切なところに置いておくよ。」
私は笑った。
「ねえ、帰ってくる?」
「うん。2年後には帰ってくるはずだよ」
「じゃあさ、そうしたら、帰ってきたら、うちのベルを鳴らしてよ。お茶でもしよう」
「うん」ぎゅっと握っていた手を、ミドリオカくんはそっと離した。
「じゃあ行くよ」
ミドリオカくんは言った。
私は笑って言った。
「いってらっしゃい!」
ミドリオカくんはあたたかく、綺麗な瞳で笑って、手を振った。
陽が陰る公園で、背中が見えなくなるまで、みつめていた。
またね、ミドリオカくん。
君って、どんな大人になるんだろう?
あの雲が夏を連れてきたから、
きっとこれから飛んでく飛行機も、君の顔に見えるね。
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