Alice
あの子達はどうしたの?
マーチ・ヘアと眠りねずみかい?いってしまったよ。何処かへ。僕がもう狂ってないから。
狂っていないの?
ああ。充分にはね。
あの子達がいないと寂しいわ。
うん。ぽっかり空いたみたいだ。ポットの底の穴みたいに。
だから今日もお茶は空なのね。
君には悪いことしたね。お茶をサーブしないなんて。あの時、僕は狂っていたんだ。淹れたと思ってた。
狂ってるあなた、楽しかったわ。
眠りねずみもいたしね。あいつ、騒がしくなくちゃ眠れないんだ。
そうなの。
僕はどんどん、変じゃなくなってく。君にお茶も淹れたいし。でも今は、ものもどんどんなくなってくから、もうポットも底抜けしかないんだ。
狂ってるあなた、好きだわ。
僕も、僕が好きだ。そうじゃなくなってから気づくなんてね。
この空間がなくなったら、僕ら現実に帰っていくんだ。凄くこわいよ。
アリスとハッターはぽっかり空いたソファを見ていた。星がついていて、蒼い、ヴェルヴェットのソファー。ふたりは手をつないだ。
僕たち何処へゆくんだろう?
わからないわ。
アリスは黙った。
この空間もなくなるのかな。そうしたら、こんどは誰が来るんだろう?
騒がしい人が来るといい。とても静かな。
あなたみたいにね
きっとふつうの人間になるんだ。恐いよ
外では戦争が始まっているわ
どんな風に?
解らない……あのね、みんな狂ってるってわかってないの。自分が普通で、正しいって思ってるわ。考えを借りて、みんなとほぼ同じだから、それが正しいって信じてるわ
狂っているね
あなたはまともになるわ。とても、まともに。それって、まともじゃないってことなの。
そう。
ハッターは、アリスの手を取った。そして、それにキスした。
いく時間かな
そうね
ここで会えるのも、最後かな
解らない。外では、私は子供なの。眠ってるわ。大人になったことを知らないの。私は……
狂ってないよ。
それって、とても狂ってるってこと
愛してるよ。
わたしも
ふたりは、かたく抱きあって、血を分けるようにキスをした。
そして、眠った。目覚める為に。奇しくも時計がなる。
時間のない時間のために、地上の、冷たい部屋の、暖かなベッドで、時計が鳴る。メイドはそっと彼女に近づき、紅茶を渡すだろうか?
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