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ー安楽死を宣告された猫との35日間ー  32日目

BAKENEKO DIARY /DAY 32. ミータのママと兄弟のこと

 二日後、新年の休みが終わってZ動物病院が開いたら、ミータの診察に行くことになっている。前回、A先生は今後のことを特に話されなかったが、私は次を最後の診察にできるのではと期待している。ミータは嫌がるだろうけども、A先生に会うまではなんとかリード散歩も継続したい。
 
 ミータは元来、とても臆病だ。そしてケンカに弱い。ここ数年はなくなっていたけども、飼い始めた頃は、おそらく一方的にやられて、よく傷を作って帰ってきた。怪我をさせたのは、ミータと同じキジトラの小柄なメス猫。たぶん、彼女はミータのママだ。

 8年前、ミータがうちに来た頃、近所には数匹のキジトラの野良猫がいた。その中に毛色が薄く小柄な猫がいて、裏の家の床下で毎年のように子猫を産んだ。警戒心が強く、人には決して寄りつかず、子猫を産んでしばらくすると引っ越していくので、子猫の声は聞いても姿を見ることはほとんどなかった。しかしミータがうちの猫になってから、その母猫は何かを感じたのか、人が来てもすぐには逃げないようになった。他の猫を怖がるミータも、その猫には普通に近づいていく。きっとミータのママはあの猫に違いない。私と娘のSはそのメス猫を、“ミータのママ”を略して“ミータマ”と呼ぶようになった。

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 ミータが来た翌年も、ミータマは子猫を4匹産んだ。授乳期のミータマを近くで見ると、元から小さめの体なのに、かわいそうなくらい痩せている。この辺りは自然が豊かなので、狩りをすれば野ねずみやトカゲなども獲れるだろうが、授乳と自分の食事で母親猫も大変だと思った。しかし決してなつかず、少しでも近づくと「シャーッ」と鼻にしわをよせて怒るのでどうしようもない。子猫が大きくなってくると、うちの軒下でも遊ぶようになった。子猫同士がじゃれあっているのは、とてもカワイイ。しかし、だ。野良猫が増えるのは困る。どうしたものかと考え、子猫だけで留守番しているときに写真を撮って知り合いに見せると、「ちょうど飼いたいと思ってた。2匹引き取るよ」と言ってくれた。

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 猫は、生後7週目頃までに人と接していると、よく人に馴れると言われている。ミータマのことは妊娠中から見ていたので、産まれた日は大体、特定できた。誕生から一か月と少し過ぎた頃、私は知人とスケジュールを調整し、玄関にケージを設置して子猫を捕獲する準備を整えた。

 晴れた日だった。ミータマの姿はない。私はチョロチョロと出てきていた子猫をすばやくつかまえた。もうしっかり歩けるようになっている子猫は、驚いて「ギャーッ」と泣き叫んだ。しかしせっかく2匹もらってくれるというのだ。ここでひるむわけにはいかない。捕まえた子猫をケージに入れると、私はもう一匹、子猫を捕まえた。次の子猫も「ギャーッ」と泣き叫ぶ。と、その時。ミータマが毛を逆立ててこちらに突進してくるのが見えた。フーッともシャーッともつかぬ声をあげて、すごい勢いで走ってくる。ヤバイ! 急いで逃げようとする私の膝にミータマは食らいついた。

「〇×△☆!!」

 襲いかかるミータマを振り払い、玄関に飛び込んで子猫をケージに入れる。ケージの中で、ギャーギャー叫び、暴れ回る子猫。玄関前で怒り狂っているミータマ。左脚は激痛。はいていたジーンズを脱いでみると、デニム生地の上からでもくっきりと歯の刺さった跡があり、流血している。ジーンズは爪で何カ所が破れ、どうしてここに?という場所に紫色のあざまでできている。
 
 母猫の迫力はすごかった。身体の大きさで言えば何倍もある人間(私)、一応顔見知りの人間(私)、たぶん子ども(ミータ)を引き取って面倒を見ている人間(私)に、なんの躊躇もなく襲いかかってきた。子どもを守るために。動物に本気で襲われたのははじめてで、ショックもあったし、脚も痛かったけれど、母猫の本能の強さには心底、驚かされた。

 ケージの中でギャーギャー騒いで、出せ出せと言わんばかりに跳ねていた子猫2匹は、知り合いが引き取りに来てくれた。両方ともオスで、メスだといいなと言っていた知り合いには悪かったが、かわいがられて今も幸せそうに暮らしている。1年ほどたって会いにいってみたが、2匹とも警戒してこたつの中に入り、全く姿を見せてくれなかった。写真で見ると、ミータよりもすらりとした美男子さんたちだった。

 それからも、残った2匹の子猫とミータマはうちの近くで暮らしていた。私は「恨みに思っているんじゃないか」としばらくミータマに会うのが怖かったけれど、子猫が2匹になったのに慣れたのか、しばらくするとミータマの態度は以前通りに戻った。しかしいつの間にか子猫は1匹になった。何があったのかはわからない。残った1匹の子猫はメスで、私たちのことを全く恐れなかった。いつもキョトンとした表情でこっちを見るので、「キョトン」という名前を付けて、避妊手術を受けさせた。ミータとはとても仲が良くて、よく2匹で遊んでいた。

 それから1年ほどして、一時的に引っ越して戻ってくるとキョトンもミータマもいなくなっていた。「ミータマは歳だったから、お亡くなりになったんじゃない」とSが言う。キョトンはどこへ行ったのか。人馴れしていたから、誰かに飼われているといいのだけど。キョトンとした表情でこっちを見て、すぐにゴロンと寝転がってお腹を見せていたキョトンのことを思い出すと、今も心がチクッとする。

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