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100年先まで繋いでいく 私たちの使命 ~泉神社 大塚 祐慶 宮司 ~ Vol.2

 代々、宮司として奉職している大塚家。その24代目を務める宮司 大塚 祐慶 氏※に、宮司としての「想い」と「これから」について伺いました。  
(※塚は豕に﹅、祐は示部)

Vol.1はこちらから ↓

Vol.2 24代目宮司 大塚 祐慶 氏


 社務所に案内され、大塚宮司と向かい合う。
 こんなに若い方が、宮司を任されていらっしゃるのだなという驚きと同時に、大塚宮司のバックグラウンドが気になった。

 実は、大塚宮司の家系は代々神主を務めており、祐慶氏で24代目だという。高萩市にある大塚神社にルーツがあり、お祖父さまの代から御岩神社の宮司として奉職し、お父さまと共に祭祀に奉仕した。

「父は、勉強家で神社の発展に尽くした人でした。」

「そんな父が亡くなった時、私はまだ15歳で、宮司を継ぐことはできませんでした。でも、あんなにも一生懸命だった父が、どんな景色を見ていたのかを知りたくて、父の背中を追って神職の道に進もうと決意しました。」

鎮花祭を齋行した時の様子 コロナ禍の早期終息を祈りつつ、疫病が鎮まるよう祈願した


 他にも、やってみたいことは沢山あったという大塚宮司。

 でも、お父さまへの尊敬や憧れのような想いが、神職の道を選ばせたのだろう。実際、インタビュー中の所々で、お父さまのことを懐かしそうに、嬉しそうに話す姿が印象的だった。


 そして、神職になるために必要な資格を取得できる大学に進学したという。
 神職の資格をとるための大学⁉・・・とても気になる。

 聞くと、現在、神職資格取得課程を有しているのは日本全国で2校のみとのこと。一般大学と同じく教養分野を学ぶほか、日本の伝統文化や宗教文化、神道史などを学ぶそうだ。

 学生は、大塚宮司と同じような代々神職の家系もいれば、神職に興味があり自ら進んで学ぶ者もいるという。

「大学には、全国から神社の息子が来るので、全国に友達ができます。今でも、連絡を取り合って情報交換をしたりしています。そして、大学卒業後は笠間稲荷神社で6年間修業しました。」

 笠間稲荷神社では、神職の出仕として祈祷の作法や礼儀を学ぶほか、境内の管理などを任されていたという大塚宮司。

 その内、宮司のお母さまが体調を崩したことで、日立市へ戻ることになった。その際、長年大塚家をサポートしてくれた方の勧めもあり、国会議員の秘書を務めたという。

 神職から国会議員の秘書とは、すごい方向転換だ。

「でも、すごく良い経験になりました。しばらく地元から離れていたので、あらためて地元の方との繋がりを築く良い機会にもなりました。」

 神式の葬儀が多いこの地域で、秘書として議員代理で弔辞を読み上げた次の日、同じ斎場で神職として祝詞を読み上げ、葬儀屋さんを驚かせてしまったこともあったそうだ。神職の方でも、なかなかできそうにない経験である。

 そして、国会議員の秘書を1年間務めた後、泉神社は跡取りがいないということで、大塚宮司に声が掛かり、現在の状況に至ったという。


 最後に、大塚宮司考える現在地と、これからについて話を伺った。

夏越大祓並びに茅の輪くぐり神事の様子

Vol.3へ続く