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3つの“S”

身辺警護・要人警護業務に限らず、すべての警備業務では3つの“S”が求められます。この3つの“S”がすべて整い、バランスの取れている状態が、警備業務の理想となります。

警備業務 3つの“S”
① セキュリティ(Security)
② セーフティ(Safety)
③ サービス(Service)

① セキュリティ(Security)

警備業務では、“安全”という言葉にあたる“セキュリティ”と“セーフティ”を明確に分けて考えます。
犯罪や攻撃等を加えようとする意志を明確に持ち、意図的にその行為を行う、いわゆる「意志のある危険」に対処する行動を“セキュリティ(Security)”と呼び、偶発的に発生してしまう危険や、地震や津波などの自然災害に代表される「意志のない危険」に対処する行動を“セーフティ(Safety)”と呼びます。
日本では、教育現場で教職員や生徒向けに実施される、刃物を持った侵入者への対処訓練のことを“セーフティ教室”などと言いますが、刃物を持った侵入者による犯罪行為は明らかに「意志のある危険」ですので、正確には“セキュリティ教室”となります。
身辺警護・要人警護業務を含むすべての警備業務では、悪意(意志)をもって犯罪行為に至る脅威者(犯罪者や不審者)への対応が当然求められますので、防犯行動を主とした“セキュリティ”のための準備や対処が必要となり、警備員にはそのための知識と技術(スキル)が備わっていることが求められます。これらの具体的な知識やスキルについては、後々ご紹介していきます。

② セーフティ(Safety)

警備業務の依頼を受ける警備会社や、現場で警備業務に従事する警備員が、脅威者等による「意志のある危険」だけを考えて業務を行っているようでは、警備として失格です。世の中には様々な危険があり、その中には、自然災害や偶発的な脅威など、「意志のない危険」も多く存在するからです。幸い日本は、古くから自然災害の多い国であるため、災害の少ない国に比べると、比較的“セーフティ”への準備や対処はしっかりとできており、警備業務においても、地震発生時の行動や火災発生時の初期消化活動や避難誘導などはとてもよくできています。
逆に、諸外国に比べて犯罪行為やテロ行為が少ないため、警備会社や警備員が“セーフティ”にばかり重点を置いてしまいがちで、“セキュリティ”が疎かになりやすい傾向があります。“セーフティ”上の危険は、自然災害や偶発的な危険など、脅威者が存在しない(悪意を持つ人がいない)危険であるため、警備員には高い格闘能力や護身スキルが求められません。よく街中で、制服を着た年配の警備員を見かけますが、どう見ても、犯罪者らと闘って勝てるとは思えません。なぜなら彼らは、「闘う」ことを求められていないからです。
同様の理由で、日本の警備会社や警備員には、“危険を予測する力”と、“危険を予測するための情報収集力・分析力“が欠けています。自然災害や偶発的危険は、予測すること自体が困難で、また予測できたとしても避けることの難しい危険であることが多いため、“セーフティ”では「危険が起きてしまった時に、どれだけ被害を小さくすることができるか」に主点が置かれます。この“セーフティ”をベースに警備業を行う日本の警備会社は、予測力や情報収集力・分析力に欠けるため、どうしてもその行動が後手(事後)になりやすく、危険を未然に防ぐ力(事前)に欠けます。

しかしこれは、警備業界に限ったことではありません。刃物を持った脅威者(犯罪者)が現れた時の対処として、よく学校や会社などで「サスマタ」を振りまわす訓練を見かけますが、セキュリティのプロの立場から見ると、とても幼稚で不確実な対処としか思えません。これもまた、危険を未然に防ぐ努力をせず、危険が起きてしまってから対処する、という“セーフティ”の考え方をベースとした対処、つまり事後対処だからです。しかも、この幼稚で不確実な対処方法を、警察が民間人に指導しています。なぜ日本でここまで“セーフティ”をベースとした危機管理が根付いているかというと、先に述べたように、日本は古来自然災害が多かったため、人々の生活の中に、実施不可能な「危険を未然に防ぐ」ことよりも、実施が可能な、「危険が起きてから対処する」「被害を最小限に抑える」という意識が強いためです。
これは、民間に防犯を指導する警察も同じで、学校への侵入事件が相次いだ2002年以降、警察への防犯指導の要請が高まり、警察としても何か“防犯らしい”ものを指導しなくてはならなくなりました。防犯の素人であった当時の警察は、暴れる人を取り押さえるために自分たちが使用していた「サスマタ」の使い方であれば指導できる、と考え始まったのが「サスマタ神話」です。この江戸時代に作られた道具は、確かに、刃物程度の武器を持った一人の人物に対し、複数の人間が的確に使用すれば、効果を発します。しかしながら、近代の犯罪行為・テロ行為は、刃物よりも殺傷能力の高い武器を使用したり、複数人で計画的に行為を行ったりするため、サスマタを使って防ぐことができる危険は、数少ないのです。学校に侵入してきた犯罪者が、“運良く”単独犯で、“運良く”無計画で行動する人物で、“運良く”刃物程度の武器しか手にしておらず、“運良く”子どもたちに被害が出る前に教職員が相手の存在に気づき、“運良く”すぐに大勢でサスマタを持って対処できるのであれば、そして、この“運の良い”状況が毎回起こるのであれば、サスマタは防犯にとても有効です。同じ理由で、防犯ブザーにも防犯効果はありません。

様々な危険が存在する現在、昔行っていた“セーフティ”の活動だけでは、自分自身も他人も護ることはできません。同様に、“セキュリティ”の活動だけでは、自然災害や偶発的危険に対処することができません。防犯活動や警備業務では、“セキュリティ”と“セーフティ”の根本的な違いを明確にし、それぞれの危険に対し、都度、適した対処を取ることが求められます。

③ サービス(Service)

“セキュリティ”と“セーフティ”のスキルが揃っていれば、警備業務自体は実施できます。しかし、特に民間における警備業務では、この“サービス”がとても重要な要素となります。
“サービス”には、4つのステージ(段階)があります。
①依頼者が求めるものがある。
②提供者が依頼者の求めるもの、またはそれ以上のものを提供する。
③依頼者が提供されたものに満足する。
④その満足の対価として依頼者は提供者にお金を支払う。

という4段階です。
“サービス”の4つのステージにおいて、まず重要となるのが、『依頼者が何を求めているのか』という点です。これが理解されていないと、その後の3つのステージは適さないもの・無駄なものになってしまいます。警護業務では、警護の依頼が入った際に様々な情報収集活動を行いますが、そのうちの一つが、依頼者へのインタビューです。このインタビューの中で、『依頼者が何を求めているのか』を探るのです。ここでいう依頼者とは、実際に警護業務の依頼をしてお金を支払う人、または企業・団体のことであり、警備対象となるプリンシパルのことではありません。クライアント(依頼者)とプリンシパル(警備対象者)とが異なる場合、まずはクライアントへのインタビューを行い、その後、必要に応じてプリンシパルへのインタビューを別途行います。
『依頼者が何を求めているのか』がわかった後、警備会社は、警備実施に必要な他の情報の収集と分析,効果的かつ依頼者が満足しうる内容の計画を行います。そして、最低でも求められているもの、可能であれば、求められている以上のものを、警備業務を通して提供します。これに依頼者が満足してくれることで、警備会社は警備料金という報酬を受け取ることができるのです。

この“サービス”で大切なことは、『警備会社・警備員がやりたい警備を行うのではない』という点です。警備・セキュリティのプロとして、警備会社にはそれぞれプライドがあり、自分たちのやっていること・やってきたことに自信を持っているかとは思いますが、だからといって、自分たちが理想とする警備を、依頼者やプリンシパルに対し押し付けるようなことをしては、依頼者たちは満足しません。もちろん、自分たちが理想とする警備と、依頼者たちが求めるものとが合致していれば、何の問題もありません。しかし現実的には、自分たちがやりたいと思う警備と、依頼者たちが求めるものとには、少なからず乖離があり、事前にその調整が必要となります。ここで重要となるのが、“バランスポイント”と呼ばれるお互いの妥協点で、警備会社側は、『これ以上警備力を下げたら警備ができない』というポイントを明確にし、依頼者側は、『これ以上の警備は必要ない』または『これ以上の警備料金は支払うことができない』というポイントを明確にします。これらのポイントを話し合い等によってすり合わせ、適正なバランスの取れたポイントを見つけ出すのです。いくら依頼者の満足を促すためとはいえ、自分たちが警備のプロとして、これ以上妥協してはいけないという“下限ライン”を下回る警備は受けてはいけません。これをしてしまうと、実際に警備中に何か起きた時、適切に対処することができず、プリンシパルを護ることができなかったり、現場のボディーガードたちが怪我をしたりすることがあるためです。依頼者から、“下限ライン”を下回るような要求をされた場合、警備会社側は、なぜそこに“下限”のラインが設けられているのか、なぜ自分たちがこの警備計画を推奨するのか、などを丁寧に説明し、納得してもらう必要があります。それでも、“下限ライン”を下回る要求をしてくる依頼者に対しては、きっぱりと依頼を断る勇気も必要です。一般的な仕事と違い、ボディーガードの仕事は、人の命がかかっているからです。

警備業務における“サービス”で、もうひとつ、とても重要なことがあります。それは、「サービスに偏ったサービス」という問題点です。
諸外国に比べて平和なこの日本では、警護中に、悪意を持った人物がプリンシパルを狙って攻撃を仕掛けてくる、というようなことはあまり起きません。そのため、本来であれば警備・セキュリティのプロフェッショナルであるはずの警備会社やボディーガードが、“セキュリティ”を軽く考え、しっかりとした教育訓練を受けず(受けさせず)、依頼者が満足することだけに特化した「サービスに偏ったサービス」を行ってしまうのです。確かに、依頼者が満足しなくては、サービス業である警備業は成り立ちません。しかし、依頼者や関係者のご機嫌を取ることばかりが仕事となってしまい、満足はしてくれるものの、結果的に“セキュリティ”や“セーフティ”が疎かになっている警備会社は少なくありません。
施設警備の依頼を受けてオフィスビルに配属されている警備員が、ビル周辺の掃き掃除をしている、というのもこの一例です。警備員が掃き掃除をしてくれれば、依頼者側は、新たに清掃業者を雇わなくて済むため、満足はしてくれます。しかし、この掃き掃除をしている間、警備員は本来やるべき警備業務ができていないのです。恐らく、警備員に掃き掃除をさせている警備会社は、「周辺の掃き掃除をすることで、整理整頓ができ、不審物が置かれた時にいち早く気づくことができる。掃き掃除も警備のための作業の一環です。」と答えるでしょう。不審物の発見をいち早く行いたいのであれば、不審物発見のための教育をしっかりと行い、巡回警備をしっかりと行った方が効果的です。掃き掃除は、単に依頼者のご機嫌取りでしかありません。結果、依頼者側も、「警備会社に依頼すれば、警備だけでなく掃除もしてくれる。」という間違った認識を持つようになり、「警備員さん、この辺りも掃除しておいて。」「警備員さん、このゴミ捨てておいて。」など、間違った仕事の依頼をしてくるようになります。そして警備会社はますます、本来やるべき警備ができなくなっていき、現場の警備員も「自分が何のためにそこにいるのか」という最も大切な、自身の【行動目的】を見失うことになります。自分の行動目的を見失った警備員のモチベーションは落ちる一方です。
“サービス”は、3つの“S”の中の大切なひとつですが、これはあくまでも、“セキュリティ”と“セーフティ”を基盤とした“サービス”です。依頼者のご機嫌取りを“サービス”とは言いません。平和な国や地域に起こりやすい、“サービス”の認識の間違いです。

警備業務における3つの“S”は、適正な警備を実施するために必要な要素であるのはもちろんのこと、サービス業として、またビジネスとして警備業を行うために必要な要素でもあるのです。そして、この3つの“S”がすべて整い、バランスの取れている状態が、警備業務の理想なのです。


次回は、『警護業務におけるディフェンス(Defense)』について紹介します。


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