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警備業務手順4ステージ④ 警備実施・補正改善

身辺警護・要人警護業務を含むすべての警備業務は、依頼を受けてすぐに警備を実施できるものではなく、警備を実施するための準備などが必要となります。適正な警備を実施するためには、「何を護るのか」「何から護るのか」といったような情報と、「どのように護るのか」といった計画,そして警備実施に必要な準備と、実施中の調整・補正・改善などが必要となります。これらを時系列にまとめたものが【警備業務手順4ステージ】です。

警備業務手順4ステージ

ステージ1: 情報収集
ステージ2: 情報分析・脅威評価
ステージ3: 警備計画・警備準備
ステージ4: 警備実施・補正改善

本テーマ最終回の今回は、【ステージ4:警備実施・補正改善】についてご紹介します。

【ステージ4:警備実施・補正改善】

【ステージ1:情報収集】→【ステージ2:情報分析・脅威評価】→【ステージ3:警備計画・警備準備】の過程を経て、ようやく警備業務の実務に入ります。これまでの過程でおわかりのように、身辺警護・要人警護業務は、依頼を受けてすぐに実施することができるような簡単な仕事ではありません。情報収集や分析・脅威評価,警備計画・準備に多くの時間と労力を要します。初めて警護の依頼をしてくるクライアント(Client: 依頼者)は、これらの過程や必要な時間を知らないため、『明日9時から警護をお願いしたい』といった依頼をしてくることがあります。このような時は、この警備業務手順4ステージを説明し、警備を実施するために必要な作業や事前準備時間などを理解していただきます。
問題は、クライアントではなく、警備を受注する警備会社の中に、この警備業務手順を知らず(実施せず)、『明日9時ですね。承知いたしました。』などと依頼をそのまま受けてしまうところがあることです。当然ですが、このような警備会社は、必要な情報を持たず、脅威の評価などせず、計画も必要な準備も整っていない状態で警備に入るわけですから、適正な警備業務ができるわけはありません。また、万が一緊急事態等が発生した時に、プリンシパル(Principal: 警備対象者)を護ることもできません。身辺警護・要人警護業務は9割が準備のために費やされます。

第16代米国大統領エイブラハム・リンカーンの有名な言葉です。

If I had six hours to chop down a tree, I’d spend the first four hours sharpening the axe.
(もし、木を切り倒すのに6時間与えられたのなら、私は最初の4時間を斧を研ぐために費やすだろう。)


警備実施

しっかりと準備できた上で、初めて警備業務の実務が開始されます。身辺警護・要人警護業務では、下記のような流れで警備が展開されます。

①PES警備・警戒実施,現場確認,次行動の確認
②SAP次の目的地へ先行,ルートチェック等
③SAP目的地到着,接点の安全確認,本隊受入準備開始
④SAP受入準備完了・報告,PES移動開始
⑤PES到着,SAP警備補佐,警備・警戒実施

*PES(Protective Escort Section: プリンシパル直近警護隊)
*SAP(Security Advance Party: 先発隊)

①PES警備・警戒実施,現場確認,次行動の確認
PESはプリンシパルの周辺で警備・警戒を実施しています。警戒をしながら、常に現在の状況を把握し、問題がなさそうであれば、次の行動の確認をします。

②SAP次の目的地へ先行,ルートチェック等
AIC(Agent In Command: 警護チーム責任者)はタイミングを見て、SAPを次の目的地に向けて先行させます。この先行で重要なことは、SAPが次の目的地に先着する(先に着く)ことだけを目的にしているわけではなく、先行して、この後プリンシパルやPESが通るであろう移動ルートのチェックをしっかりと行うことです。万が一、予定していた移動ルートに問題があれば、すぐに準備していた別ルートへの変更を検討します。

③SAP目的地到着,接点の安全確認,本隊受入準備開始
SAPが問題なく次の目的地に到着したら、すぐに“接点の確認”を行います。“接点”とは、車の乗り降りや、建物の出入りなど、「空気が変わる瞬間」を意味します。この「空気が変わる瞬間」は、警護上もっとも危険な瞬間で、過去のVIP襲撃事例を見ても、ほとんどがこの“接点”で襲われています。襲撃が行われなくとも、脅威者による“待ち伏せ”や“監視”,“尾行”などが開始されるのも、この“接点”が多いです。そのため、通常の警備とは1〜2段階警戒レベルを上げて、しっかりと安全確認や警備を行います。SAPがこの“接点の確認”を怠ると、プリンシパルに危険が近づく可能性が一気に高くなります。
“接点の確認”後、SAPは本隊(プリンシパルやPES)の受入準備を開始します。車両降車後のプリンシパルの動線を確認したり、必要に応じて現地の関係者と接触したり、協力要請をしたりします。

④SAP受入準備完了・報告,PES移動開始(到着準備)
SAPは、すべての受入準備作業が完了し、問題なくプリンシパルとPESを迎え入れる準備が整ったら、無線等でAICに「受入準備完了」の報告をします。プリンシパルとPESは、この報告を以て、現在地からの移動を開始したり、移動中であれば、到着準備をしたりします。

⑤PES到着,SAP警備補佐,警備・警戒実施
プリンシパルとPESが次の目的地に到着する際は、必ず、最初の“接点”でSAPが受け入れを行います。プリンシパルが有名人等で、降車場所にファンやメディアなどが大勢いるような場合は、SAPがエスコートの補助や、クラウド・コントロール(Crowd Control: 群衆管理)に入ります。
いくつかの“接点”を経て、プリンシパルは目的地に到着します。無事に到着後、PESは通常の警備・警戒に入り、警護チームの動きは①に戻ります。

プリンシパルによって、またプリンシパルのライフスタイル等によって、行動スケジュールは変わってきますが、基本的な警護チームの動きは、この①〜⑤の繰り返しになります。そして、警護チームに加わるボディーガード一人一人は、さらに細かく、次のような行動手順を踏みます。

①周辺警戒(観察)・情報収集
②情報分析・脅威評価
③行動計画・行動準備
④行動実施・補正改善

これは、【警備業務手順4ステージ】と同じステップですが、警備全体の手順だけでなく、現場で警備にあたるボディーガード一人一人の行動手順としても活用できます。

①周辺警戒(観察)・情報収集
常に周辺を警戒し、情報収集のための観察行動を取り、不審なサイン(兆候)が出ていないか,普通とは異なる状態のものがないか,周辺に脅威行動をするための機会(Opportunity)となるものや場所がないか、などをチェックします。

②情報分析・脅威評価
周辺警戒や観察行動で得られた情報を頭の中で分析し、脅威となりうるものがないか,あるようならばどのような脅威で、その脅威が起こりうる現実性・可能性はどの程度あるのか,想定される複数の脅威に対し、どのようなプライオリティ(優先順位)を付けるか、などの“脅威評価”を行います。

③行動計画・行動準備
“脅威評価”に基づき、自分自身やチームが取るべき行動をプランニングし、その行動を取るための準備を開始します。

④行動実施・補正改善
行動のプランニングと準備が整ったら、タイミングを見て行動を開始します。状況に合わせ、自分自身やチームの行動を補正(調整)・改善して、より良い警備行動にしていきます。そして、①に戻ります。

警護中のボディーガードは常に、頭の中や行動で、この①〜④を繰り返しています。警護中、ボーッとしている暇はないのです。


補正改善

警備実施前にしっかりと準備をしていたとしても、実際に警護業務が始まると、準備していた計画とは異なる状態になることが多々あります。これは、警備対象や脅威を行うものが“人”であるためで、すべてが計画通りに進むことなど本当に稀です。とても真面目な国民性を持つ日本人は、計画をしっかり立てれば立てるほど、実際の行動を、その計画に当てはめ、計画通りに進めようとします。しかし、計画は行動のためのツール(道具)であり、計画通り進めるための行動ではありません。目的と手段を履き違えないように気をつけてください。

脅威評価に基づいて警備計画をしっかりと作り、その準備をしっかりと整えていても、実践では想定外のことが起こります。“計画”と“実践”に差異が出た時に大切なことは、その差異に対し、①計画や準備を実践に合わせて修正すべきなのか、それとも、②実践を計画や準備に合わせて修正すべきなのか、を正しく判断することです。計画や準備を修正すべきであれば、すぐに柔軟に修正し、実践に合ったものに改善します。実践を修正すべきであれば、すぐに柔軟に修正し、計画・準備に合う形に改善します。ボディーガードには常に、この柔軟性(Flexibility)が求められます。計画・準備に固執するあまり、実践が現実離れしてしまったり、実践に固執するあまり、せっかく作った計画や準備が無駄になってしまったりします。しっかりとした計画・準備を作った上で、現場では柔軟に対応していくことが必要です。大切なことは、計画通りに警備を進めることではなく、プリンシパルの安全性や安心感を1%でも高くしていくことです。そのための柔軟な調整・補正・改善が現場では求められます。


次回は《警護業務に存在する4つの時間》について紹介します。




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