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警備対象(アセット)

警備業務において、警備・保護の対象となるものを“警備アセット(Protective Asset: 警備対象)”と言います。身辺警護・要人警護業務における警備アセットは、もちろん警備対象となる“人”ですが、その人の身体や生命だけを護れば良い、という単純なものではありません。“人”にはそれぞれ大切な“ライフスタイル(生活スタイル)”があり、ボディーガードが護るのはプリンシパルの“ライフとライフスタイル(Life & Lifestyle)”であることは、前号で紹介しました。ここでは、プリンシパルの“ライフとライフスタイル”を護るために、具体的に何が警備対象(保護対象)となるべきなのかを紹介します。

4つの警備アセット

身辺警護・要人警護業務における警備アセットは、大きく4つあります。
① Person/People(人)
② Property(モノ)
③ Intelligence(情報)
④ Image(イメージ)

① Person/People(人)
“人”を護る身辺警護・要人警護業務では、当然ですが、まずは“人”が警備アセットとなります。この“人”を護る、というのは、その人の“生命”だけを護れば良い、というものではありません。この人の身体に対し、怪我や病気の発症なども起こらないよう、ボディーガードは努力します。事前に、その人の体調や病歴,身体の不自由や持病,常備薬(携行薬)やアレルギーの有無などを徹底的に調べ、警備時間中に起こりうる発病・発作に対して事前に準備を行うとともに、実際に発病・発作・怪我などをした際に対処するため、救急法(Emergency First Aid & CPR)の知識やスキルを身につけておき、救急キットの携帯,緊急時に搬送できる救急病院(ER)の所在地・連絡先・ルート等の確認,警備中のプリンシパル観察などを行います。
例えば、脚が不自由で松葉杖を突いているプリンシパルを警護する場合、ちょっとした段差で躓いてしまうため、できるだけ段差や階段の少ない徒歩ルートを選定したりします。重度なアレルギーを持っているプリンシパルを警護する場合、レストランでプリンシパルがオーダーする料理に注意し、ホテルで注文するルームサービスに注意し、お土産で購入するお菓子の原材料などに注意し、それぞれ、アレルギー反応を起こすような食材が含まれていないか、などの確認をするのもボディーガードの仕事です。警備中、突然プリンシパルが苦しみ始めた時に、何を口にしたのかわからない,アレルギーを持っているのかわからない、では、その人の生命は護れません。工事中のビルの下はできるだけ徒歩ルートから外します。突然上から工具などが落ちてきて怪我をする可能性があるからです。雨の日は、滑りやすい大理石の廊下などの歩行は、少しペースを落とすとともに、プリンシパルに対し、注意するよう声をかけます。ドレスを着ている女性プリンシパルをエスコートする時は、エスカレーターなどにドレスの裾が巻き込まれないよう注意しています。車に乗る時は、指などをドアに挟まないよう、注意しています。風邪気味のプリンシパルを警護する際は、車内の温度を下げすぎないように注意し、暑い夏などは、熱中症にならないよう、ペットボトルの水を携帯し、適時プリンシパルに水分補給を促します。暴漢が襲ってきた時だけ行動する体力勝負のボディーガードでは、怪我や病気の発症,アレルギーによるアナフィラキシーショック(Anaphylactic Shock)などに対処できません。警備対象となるその“人”を包括的に護るのが、ボディーガードの役割です。

② Property(モノ)
警備対象となる“人”を護ると同時に、警備中ボディーガードが護るべきものが、プリンシパルの“Property(モノ)”です。プリンシパルが所持するバッグやアクセサリー,着ている洋服やショッピングで購入した商品など、プリンシパルの財産となる“モノ”も警備アセットとなります。プリンシパルがVIP(要人)ともなると、身につけている服やアクセサリー,持っているバッグなど、とても高価なものなどもあり、それらを狙うひったくりやスリ,置き引きなども現れます。ボディーガードがそばについていながら、ひったくりにバッグを奪われたとなると、「このボディーガード、大丈夫か?」とプリンシパルやクライアントの不信感にも繋がります。
プリンシパルに起こりうる脅威(危険)は、暴漢による攻撃や、襲撃者による暗殺だけではありません。人は、その生活の中で、様々な危険にさらされており、それらの危険から包括的に護るのが、ボディーガードの役割です。

ここでひとつ、海外ボディーガードが陥ったトラブルの事例を紹介します。
米国のモデルで有名女優のキム・カーダシアンの専属ボディーガードだったパスカル・ドゥヴィエは、2016年10月、キムと訪問したフランス・パリで、彼の人生を一変する事態に遭遇します。キムの専属だったパスカルは、その日の夜、キムの指示で、姉のコートニーと異父妹のケンダルの警護につき、パリのナイトクラブにいました。プリンシパルのキムは、滞在先ホテルの部屋に一人でいましたが、そこに強盗団が押し入り、キムを縛ってバスルームに監禁,キムが所有する高価なジュエリーなど、およそ10億7千万円分の金品を奪って逃げました。キムは無傷で、金品が盗まれただけで済みましたが、専属ボディーガードのパスカルは、この事件でボディーガード業界から追放されることになりました。キムは後日、「姉などの警護を指示したのは自分で、パスカルに非はない。」とパスカルを擁護しましたが、問題となったのは、盗まれた宝飾品類にかけられていた保険で盗難保険金を支払った保険会社AIGがボディーガードを訴えたことです。AIGによると、キムが滞在していたホテルのテラスには、外からアクセスできる扉があり、そこが施錠されていなかったために強盗団が侵入し、キムの宝飾品類を強奪した事件であり、警護担当のパスカルが、その扉の施錠確認を怠ったことによる損害である、とパスカルに対し約7億円もの損害賠償訴訟を起こしたのです。パスカルは、ドイツに自分の警備会社を持っていましたが、この事件の前に破産してしまっており、すべての損害賠償がパスカル自身に請求されることになりました。ボディーガード個人に対する損害賠償としては過去最高額です。
このパスカルとは一度、別のプリンシパルに対して一緒に警護をしたことがありますが、柔道などで鍛えた大きな身体だけを売りにしている“肉体系ボディーガード”で、残念ながら当時も、見ていて不安になる警護でした。この事件は、彼の人生を一変する大きな出来事だったかと思いますが、恐らくこの事件は、彼に起きた最後の“きっかけ”であって、実際には、事件前から彼の警護には不十分な点があったのだと思われます。たまたまそれまでは問題化せず、運良く何も起こらなかっただけだったのだと思います。この事件を見ても、ボディーガードが、プリンシパルの身体・生命だけを護っていれば良いわけではない、ということがよくわかります。

③ Intelligence(情報)
ボディーガードが護るべきプリンシパルのアセットの3つ目は“情報”です。日本語では“情報”というひとつの言葉しかありませんが、英語では、“インフォメーション(Information)”“インテリジェンス(Intelligence)”の二つの“情報”があります。“Information”とは、既に公にされており、誰でも知りうる情報のことを指します。駅や空港などにある“Information Desk”は、公になっている情報を教えてくれるところです。これに対し“Intelligence”は、情報そのものが特殊で、ある特定の人しか知り得ない情報を指します。米国の諜報機関CIAは、“Central Intelligence Agency(中央情報局)”の略で、特殊な情報を収集する機関です。
プリンシパルやクライアントは、それぞれ部外者などには知られたくない特殊な情報や秘密を持っています。これらを護るのもボディーガードの仕事です。プリンシパルの行動スケジュールや、どのような人と会っているか,どこに滞在していて、何をしているか、などの情報は、ほとんどの場合“Intelligence”となる情報であって、外部に漏れてはいけないものです。ボディーガードはこの情報の管理を行うことで、ファンによる待ち伏せやしつこいマスコミの取材,襲撃者によるアンブッシュ(Ambush: 待ち伏せによる攻撃)などを防ぎます。
時に、プリンシパルやクライアント自身に、情報漏洩に対する危機意識がなく(薄く)、自ら“Intelligence”を漏らしてしまうことがあります。最も多いのが、著名なプリンシパル自身がインスタグラムやツイッターなどで、自分の現在地や訪問予定先などを不特定多数に公開してしまうケースです。若いプリンシパルに多く、先の事例に挙げたキム・カーダシアンも、動画共有アプリのスナップチャットなどで、自分の宝飾品類を自慢したり、パリに滞在していることなどを公開していました。もちろん、これらSNSを利用した情報公開は、彼ら著名人のライフスタイルのひとつでもあるので、ボディーガードが強制的にやめさせたりすることはありません。ボディーガードは逆に、プリンシパルがどのような情報をSNS等で公開しており、誰が、どのような情報を、どの程度知りうるのか、ということを常時監視しています。そして、どうしても必要な時だけ、プリンシパルに対し、SNSで公開して良い情報としない方が良い情報,公開のやり方や公開のタイミングなどをアドバイスします。

④ Image(イメージ)
ボディーガードが護るプリンシパルは、誰でも知っている著名人であったり、社会的な地位の高い人だったりすることがあります。これらの人には、社会や周囲に対する“社会的イメージ”というものがあり、ボディーガードはこの“イメージ”を護る行動を取ることがあります。なぜなら、社会的イメージに対するダメージは、間接的に、プリンシパルの社会的立場や社会的地位の失墜につながりかねないからです。
例えば、ヒーロー役を演じるハリウッドスターは、実際には性格の悪い人物であっても、映画の中では優しいヒーローです。人々は、映画の中の印象でその人を判断しますので、その人が他人に怒鳴り散らしていたり、意地悪な言動をとっているところなど見たくはありません。そのプリンシパル本人も、良いイメージで社会から評価されていますので、自分のひどい姿を人々に見られたくはありません。最近はインターネットが普及したせいで、著名人の失態や失言は、SNSを通してすぐに拡散され、社会的立場やイメージの失墜はすぐに起きてしまいます。このようなことが起こらないよう、ボディーガードは常にプリンシパルの行動や言動自体に注意するとともに、外部の人から良くない姿を見られることのないよう配慮します。
同様に、ボディーガードがプリンシパルを「はずかしめ」から護ることもあります。英国の故ダイアナ妃は生前、その美しさとファッションセンスなどから、多くのメディア(パパラッチ)が常にシャッターチャンスやスクープを狙っていました。彼女がミニスカートを履くと、下品なパパラッチのカメラマンたちは、彼女が車から降りる際、一瞬見える彼女の下着に対し、一斉にシャッターを切りました。これに気づいた当時の彼女の警護担当者が、パパラッチと彼女との間に自分の身体を置き、下着を撮影されないよう防御した、という有名な話しがあります。機密事項となるためここでは紹介できませんが、ボディーガードがプリンシパルの社会的イメージを護るための行動は、他にもたくさんあるのです。


次回は、「プリンシパルの種類とボディーガード」について紹介します。


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