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ティモシー・スナイダーで読みとくウクライナ

 『赤い大公 ハプスブルグ家と東欧の20世紀』ティモシー・スナイダー、池田年穂(訳)、慶應義塾大学出版会は、ハプスブルグ君主国の黄昏を描いています。

『赤い大公』ティモシー・スナイダーをパラパラと再読してみると、第一次大戦では開戦初期にはハプスブルク、ロマノフ、ホーエンツォレルンがあって、終戦で全部滅びたというのは、改めて歴史の画期だな、と感じました。

ハプスブルクは東欧に進出したかったけど、ロマノフを排除しなければならず、それがロシア革命ではからずも実現してしまった、と。そこにポーランド、ウクライナを独立させ、ハプスブルク家の一員を王にして…というのが一時期は実現しそうになっていた、というのが凄い。

オーストリア・ハンガリー二重帝国の皇帝であるフランツ・ヨーゼフ1世がハプスブルグの本家であるのに対し、スペイン王家につながる大きな分家に生まれたヴィルヘルムがこの本の主人公。ヴィルヘルムの父シュテファンはいまもスペイン王家につながるアルフォンソ12世の弟で、民族主義が高まる中で、「部屋住み」から脱するための君主となる地をポーランドに求めます。そしてその末っ子であるヴィレヘルムは、自分でも王になりたくて、ウクライナ語を学び、ロシア革命に乗じて独立を目指します。いまとなっては信じられないのですが、例えばギリシャもバイエルン王の次男オットー(ギリシャ名オトン)を王として迎え、フランツ・ヨ-ゼフ2世の弟マキシミリアンはメキシコ皇帝になりました。貴種であれば誰でもよかったんですかね(パンチョ・ビリャなども活躍したメキシコ革命に巻き込まれて処刑されます)。

 ヴィレヘルムは社会主義を標榜するウクライナ民族主義者などのウクライナ人部隊を率い、ウクライナ人民共和国が成立しますが、その後、ウクライナ西部のリヴィウを中心に西ウクライナ人民共和国が成立。しかし、ポーランドに西ウクライナは併合され、ウクライナ人民共和国もボリシェヴィキに敗れます。

 このようにハプスブルグが欺瞞ではあるにせよソフトな対応とろうとしたのに対し、ヒトラーとスターリンの時代は苛酷です。なにせまずポーランドを分割するわけですから。ヒトラーとスターリンは分割の際にポーランドとウクライナ人をそれぞれの居住地に移住させ、ユダヤ人のコミュニティも根絶やしに近い形で破壊。ポーランド領にもウクライナ語を話してウクライナ・カトリック教会に集まる人々がいたため、ハプスブルグは「ポーランドを独立させた場合、こうした人々をどうしようか」と捕らぬ狸の皮算用をして悩むんですが、ヒトラーとスターリンは有無を言わさず移住させます。現状はこうした他人頼みで「浄化」された後にできた民族国家だった、みたいな感じでしょうか。

http://pata.air-nifty.com/pata/2015/01/20-7a17.html

 ウクライナ人民共和国が1921年に崩壊した後、ヒトラーとスターリンがこの地域に何をやったのかを描くのが『ブラッドランド:ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実 上』ティモシー・スナイダー(著)、布施由紀子(翻訳)。

 33-38年にドイツとソ連の間に挟まれたブラッドランド(ウクライナ、ベラルーシ、バルト三国、ポーランドなど)で起きた大量殺人はほとんどがソ連によって行われ、39-41年には独ソが手を携えて同数の人々を殺害。42-45年にはドイツによる政治的な殺人が大半を占めたというのが上巻のサマリーでしょうか。

 ブレスト=リトフスク条約でレーニンは多くの国土をドイツに割譲したのですが、それはやがてドイツが革命に倒れると予想したから。しかし、赤軍を展開できたのはウクライナぐらいまでだったため、フィンランドやバルト三国、ポーランドが独立してしまい領土は東よりになってスターリンは不満を持った、と。

 さらにヒトラーもスターリンも、ウクライナを食糧生産基地とすることで、ヨーロッパを思い通りのイメージに作り変えることができると考えていました。しかし、そんな豊かな土地で、スターリンは1933年に世界史上最大の人為的な飢餓によって何百万人ものウクライナ人を死亡させ、ヒトラーは41年にユダヤ人と捕虜を餓死させました。

 「トロツキー、ジノヴィエフ、カーメネフ、ゲシュタポ」という見出しでプラウダはスターリンの政敵を非難したのですが、3人ともユダヤ人の血を引く共産主義者でした。ちなみに、現ウクライナ大統領のゼレンスキーもユダヤ系です。

 ソ連への電撃作戦が失敗して、ヒトラーの取巻きはご機嫌をとるためにユダヤ人の身体的抹殺を進めます。当初、ナチスはマダガスカルに追放しようとしたんですが、イギリスの了解を得ることができなかったために果たせず、ソ連占領後はウラル山脈以東に追放しようとしていたが強烈な反撃にあい、膨大になったユダヤ人を持て余したんですが、これが下巻に続きます(p.295)。

http://pata.air-nifty.com/pata/2015/12/post-0275.html

『ブラッドランド:ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実 下』ティモシー・スナイダー、筑摩書房

 ナチスが死の工場をつくってユダヤ人たちを最終解決と称してガス殺しまくったのは、スターリンをウラル山脈以東に追いやって、そこにヨーロッパに住んでいるユダヤ人たちも追放しようという計画がソ連軍の抵抗で頓挫してしまったから。

 ナチス・ドイツとソ連が故意に行った大量殺人政策によって1400万人が流血地帯(ブラッド・ランド)で殺害されました。厳密に考察を進めるためにハンガリー、ルーマニアのユダヤ人を含めないため、この数字はかなり限定的だそうですが、それでも第二次世界大戦における米英の戦死者を1300万人上回り、アメリカが過去戦った外国との戦争で戦死者すべてよりも同じく1300万人多いそうです(「数と用語について」p.283)。

 また、ロシアが最初に侵攻したクリミア半島はムスリム勢力が支配していたんですが、それがソ連によって一掃されたのが1943年。そこにユダヤ人国家をつくるという案もあったのですが、スターリンはユダヤ人を極東地域に強制移住させたそうです。

 ちなみに、イスラエルの初代ソ連大使、後には首相となるメイアはキエフ生まれです。

http://pata.air-nifty.com/pata/2015/12/post-a305.html

 ティモシー・スナイダーのこんな寄稿も見つけました。箇条書きでサマリーすると…

・ウクライナには前回のロシアの侵略から約14,000人の戦死者と約200万人の国内難民がいる

・今回はロシアのプロパガンダ効果は低い

・トランプは2期目に米国をNATOから撤退させると述べたからバイデンを揺さぶっている可能性がある

・プーチンのロシアのアイデンティティ(1000年前にキエフで起こったことのためにロシアがウクライナへの権利を持っているとの主張)は根本的に不確実

・プーチンはウクライナ人はロシアとのより大きなコミュニティに属しているが、西側の背信行為に惑わされていると主張している

・前回の侵攻ではクリミア半島こそ占領したものの、他の地域の占領面積は小さかった

・ウクライナ大統領のゼレンスキーはウクライナ東部出身で、彼の主な言語はロシア語でユダヤ系。就任時は首相もユダヤ系で、当時のウクライナはイスラエルを除いてユダヤ人の国家元首とユダヤ人の政府の長を持つ唯一の国だった

・試してみる価値があるのはシアの特定の主張や野心に限らず、ヨーロッパの安全保障システムに何か問題があるという基本的な前提を受け入れるより広範な交渉ではないか、と


さらにMSNBCのティモシー・スナイダーへのインタビューで「なぜ欧州はノルドストリーム2停止など強い措置をとるようになったのか?」という質問に対して「プーチンは今回の侵攻を第二次世界大戦を引き合いに出して正当化しているが、それが誤用であると見抜いたから。第二次大戦のレトリックを使うことはプーチン自身に跳ね返ってくるようになった」と語っています。

つまり、スナイダーがプーチンの侵攻について「第二次大戦のレトリックを使っている」と欺瞞性を指摘しているわけなんですけど、それって"How to think about war in Ukraine"で書いていたことだな、と思い出しました。

そこではプーチンがウクライナ政府を東部2州のロシア語話者を「ジェノサイド」していると非難し、「非ナチ化」するとしている意味は、彼がウクライナのリーダーを逮捕、見せしめ裁判を実施し、処刑することを計画していることを意味している、と。ロシアではナチス呼ばわりすることが最悪の罵倒語で、ウクライナをファシスト呼ばわりして、国自体が国際秩序の非合法な創造物であるというのは、全てヒトラーが1930年代後半に使ったものだと西欧の人々には思い起こさせている、と。

だいたいゼレンスキーは、穏健な政治的見解を持つユダヤ人であり。彼の祖父は赤軍でドイツ人と戦ったが、その家族はホロコーストで殺害された。そんな人物をナチス呼ばわりすることで、ポストモダンの独裁者の遊び道具にしてしまった、と。そして、プーチンがゼレンスキーをナチ呼ばわりし、架空の犯罪を罰するという名目で本物の犯罪を犯そうとしていることを想起させる、と。簡易裁判による処刑など戦争犯罪も念頭か?みたいな。

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