見出し画像

"Hillbilly Elegy: A Memoir of a Family and Culture in Crisis" J.D. Vance(ヒルビリー・エレジー)

 トランプが大統領選挙で勝った時に『ヒルビリーエレジー』は注目され、その時はkindleで原書を拾い読みしたのですが、ジムで筋トレ後の有酸素運動でエアロバイクをこいでいる時に、Audibleで改めて聴いみました。分かりやすい英語だし、章が短いので読みやすいというか聞きやかったので、改めて「聞いた」記憶をメモみたいにまとめてみます。

“Barack Obama strikes at the heart of our deepest insecurities. He is a good father while many of us aren’t. He wears suits to his job while we wear overalls, if we’re lucky enough to have a job at all. His wife tells us that we shouldn’t be feeding our children certain foods, and we hate her for it-not because we think she’s wrong but because we know she’s right.”

「バラク・オバマの存在は私たちの最も深い不安のど真ん中を叩く。私たちヒルビリーの多くはそうではないが、彼は良い父親だ。私たちが運が良く職にありついて、オーバーオールを着る間、彼は仕事に合ったスーツを着る。オバマの妻は、子供たちに特定の食べ物を与えるべきではないと語る。私たちは彼女が間違っているからではなく、正しいことを知っているから憎くらしく感じる」

“Pajamas? Poor people don’t wear pajamas. We fall asleep in our underwear or blue jeans. To this day, I find the very notion of pajamas an unnecessary elite indulgence, like caviar or electric ice cube makers.”
「(ウォルマートがクリスマスプレゼントに推すのは)パジャマ?貧しい人々はパジャマを着ない。私たちヒルビリーは下着やブルージーンズで眠りにつく。 この日、私はパジャマの概念そのものが、キャビアや電気角氷機のような不必要なエリートの豪奢ではないかと気づいた」

 印象的だったところを抜き出してみました。

 この本は「大学の学位を持たない何百万人もの労働者階級の白人アメリカ人にとって、貧困は家族の伝統であり、裕福な人々は彼らをヒルビリー、田舎者または白いゴミと呼ぶが、私にとっては隣人、友人、家族だ」というスタンスですが、なかなか凄いな、と改めて思います。と同時に彼らがトランプを、初めて自分たちにも分かる言葉で語りかけてくれる大統領だとして熱狂的に支持しているのも分かるな、と。そして、彼らのコミュニティの弱点は子供たちが成功するためのツールを与えられておらず、人々が政府の福祉に満足しはじめたことだと感じて、この本を書いたんだと感じます。

 何回やってもどうせ失敗するから…という無気力を生む「学習された無気力」はヒルビリーエレジーの中心的なテーゼだとヴァンスは書きます。

 ヒルビリーエレジー全体を通して、ヴァンスは公共政策は労働者階級の問題に対処するのに効果がないとして、ヒルビリーが苦しんでいるのは文化的危機であることを強調しています。例えば貧しい人々を「中産階級から切り離して、セクション8の住宅に閉じ込めることは問題」だと。ヒルビリーが直面している問題は「心理学とコミュニティ、文化と信仰にも関係している(psychology and community and culture and faith)」なのだからだ、と。

 こうしたオープンマインドの大切さを説きながらも、自らはそのアイデンティティー(ヒルビリーの正義、hillbilly justice)を捨てたことはヴァンスを苦しめます。ヒルビリーエレジーは家族の価値観の重要性を書いてきたのですが、「自分の忌まわしきゲーム」に負けてしまっている、と。ヒルビリーたちの行動の不安定性、暴力、薬物乱用、自己満足、職がないことは家族志向の強い価値観を守ろうとするコミュニティの能力を妨げている、と。克服すべき社会的障害は進学先である世界有数の金持ち大学イェールでもあったのですが、恋人などによる社会資本(ソーシャル・キャピタル)によって彼自身は助かります。

 そうした経験も踏まえてヴァンスは、アメリカの貧困を乗り切るツールとして教会を推していて、ユタ州の成功を伝統的教会からは異端とされている新興宗教のコミュニティだとしているのですが、PTSDのように母親が暴れる夢を見るというのは、やはり問題を抱えているのかな、と。コミュニティを置き去りにして「裏切った」ことは罪悪感、上流への適応の無限のプロセスとしてつきまとう、みたいな。

 貧しい白人労働者階級について最も変えたいことは「自らの選択は重要ではないという気持ち」と言うのは、やはりキリスト教的な自由意志が大切だと言いたいんでしょうが、それは意味ないとは感じます。

 後は印象に残ったところを…。

 六章の最後のあたり、生活が厳しくなってきて、ヴァンス少年は教会に通い始めるんですが、そこで牧師から「ホモは地獄に堕ちる」と説教を受け衝撃を受けるわけです。いつも一人でいることが楽しいし、男の子と遊んでばかりいるから。「地獄堕ちか」と悩んでお祖母さんに相談すると、「お前がSuck Dickを好きじゃなければ大丈夫だよ」と言われるんですね。もちろん「そんなもん好きじゃない」と答えると、「なら安心だ」ということでお祖父さんの死が語られる7章に続くんですが、それにしてもですよ。ホモは地獄行きだけど、Suck Dickが好きじゃなければ大丈夫だし、それでも神は愛してくれるという祖母の語る中西部のハードボイドルさ(対照的だな、と思ったのは日本。朝、たまたまテレビをつけたら朝ドラがやっていたことがあって、薬師丸ひろ子が敗戦直後の廃墟で賛美歌を歌っているわけですよ。ああ、日本というのはこういう風に教養主義的に浄化してくれるものとしてキリスト教を受容しているんだな、と改めて感じるとともに、『この世の片隅に』と同じように、侵略されて食料を奪われた側のことなどは考えずに「戦争の被害者」として一億総懺悔すればすむと思っているんだな、とか)。

 kindleで原書を拾い読みしたのは9章~11章でした。ここら辺から、母親が薬物に染まり、ヘロインまで手を出してイェールの卒業式にも出らなくなるのですが、最初に雇用主から尿検査を求められ、ヴァンスに代わりの尿を要求するあたりはたまらんな、と。しかし、そこが底となって、ヴァンスは祖母と暮らし、アルバイトもし始めます。落ち着いて勉強できるようにもなり、最終的にはアイビーリーグのイェールのロースクールの道がひらけるんですが、それは同時にヒルビリーの問題を家族だけでなくコミュニティとして考えるキッカケにもなります。

 そこで彼がみたものは、貧しくとも正直に暮らすことがアイデンティティーだったヒルビリーたちだったはずなのに、フードスタンプを裏取引したり、麻薬中毒患者の隣人が補助金で豪勢なTボーンステーキを食べていることでした。ヒルビリーたちは長年、「労働者のための党」として民主党を支持してきたのですが、その政策も疑い始めるんです。

 Section 8と呼ばれる低所得の家族、高齢者、障害者が民間市場で住宅を購入できるよう支援するプログラムも悪用され、働かずに暮らす人々が増えてました。

 また、虐待的な配偶者から離れられず、薬物に依存するのはなぜか。働く高校生として自立したブァンスは社会学の本を読むのですが、ヒルビリーが直面している問題は「心理学とコミュニティ、文化と信仰にも関係している(psychology and community and culture and faith)」と気付きます。彼らのコミュニティの弱点は子供たちが成功するためのツールを与えられておらず、人々は政府の援助に満足していていることだ、みたいな。

 祖父と祖母は彼に「地球上で最高の国」に住んでいることを教えたのですが、民主党は金持ちのための党となり、労働者階級の白人には政治的英雄がいなくなり、オバマは全国的に賞賛されていたのですが、ヒルビリーは疑っていたと書いています。

 オバマはアイビーリーガーだったことも信用されなった理由のひとつでした。オバマは「素晴らしく裕福で、憲法の教授のように話し」「良い父親であり」「スーツを着ている」ことはヒルビリーの生活から遠く離れている、とヴァンスは主張。さらに、オバマのアクセントが完璧なことや、妻のミシェルが身体に悪いものは食べさせないようにと語ったことも「それが正しいことだからこそ」反感を買った、と。ヒルビリーたちは夕方のニュースのように全国的に受け入れられているものには不信感を抱き、孤立と悲観論が白人労働者階級全体に広がった、と。

 正直、隣人にはしたくない人たちばかりですが、その絶望感は共有できるし、マジメにやってきたのに、なんでこんなことになってしまったのか…という思いがトランプを生んだのかな、とも感じます。

 ヴァンスは祖母の家に落ち着けたことで成績が向上し、オハイオ州立大学に入学できたが、確実に卒業するために海兵隊に入隊することにしたのですが、13週間のブートキャンプを追えて故郷を訪問した後、海兵隊員だった床屋は彼の髪を整え、カネを受け取らなかったあたりは感動的でしたね。

 経済的に安定するまでやりがいのある仕事を延期するという彼の決定は、海兵隊で培った規律を示していて、海兵隊を批判した学生たちと長くは一緒にできないということで、1年11ヵ月で卒業することを選ぶんですが、そんなことが出来るんだな、とか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?