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メンタルヘルスの問題を真正面から描いた『サンシーロの陰で』

インテルに青田買いされたスウェーデンのユース選手が、イタリア語もままならない中でひとり立ち向かわなければならなかった物理的、精神的試練をこれでもかと描いた作品が『サンシーロの陰で』。

スポーツファン、特に学生時代に運動をやっていたような男性は、もし自分が憧れていたチームに契約してもらえるならば、どんなことだって耐えてみせるのに、と考えたことがあるかもしれませんが、この作品で描かれるリアルな試練は想像を絶します。

ユースからトップに上がれる選手を選別するために、クラブの強化担当者が選手を試す奇策は「そこまで若い選手の気持ちを踏みにじっていいのか…」と感じるものですし、さらにトップの試合に出ても、帰ってユース監督の指示に従わないと「お前がトップチームに出場できたのは、単に売る時の価格を上げるためだ」とプライドをズタズタに引き裂かれるようなことも言われます。

同じ寮で暮らすユースチームのメンバーも仲間というより、ガチガチのライバル。毎年、上がれる選手は二人ぐらいという超競争社会の中では、よそ者は潰す対象となります。

とにかく、巨大サッカーチームの育成部門がここまでリアルに描かれた作品は初めてみました。

正直、多少メンタル面が弱くても才能とフィジカルさえあればプロの世界で生き抜けると思っていましたが、とんでもない誤解だったな、と。

原作の自叙伝を書いたマーティン・ベングソンのインタビューを聞くと、春に入団した後、11月頃には夜中にリストカットに走るようになったといいます。その血のイメージは歯のブリッジをハサミで発作的に外すシーンに描かれていると感じました。

監督は『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』の脚本を書いたロニー・サンダール。大坂なおみ選手が訴えたスポーツ選手のメンタルヘルスの重要性は、若手選手の燃え尽き症候群が問題となっていたテニスの世界では昔から叫ばれていました。『ボルグ/マッケンロー』はチャンピオン同士の戦いを描いた作品でしたが、その二人もよく考えてみればまだ年齢的には若いスポーツ選手。未熟な若者が抱えきれないプレッシャーにひとりで耐える困難さは想像を超えています。

この作品で印象的なのは夜の個室のシーン。ゆで卵を食べ、個人トレーニングで自分と向き合う姿は『ボルグ/マッケンロー』と同様、少し寂しいブルーを基調とした画面でじっくり描写されていきます。ボルグは物静かな印象ですが、実は感情の爆発を抑えきれない貧困家庭の少年でした。悪童で有名なマッケンローも試合中審判に暴言を吐いたり、会見で記者に語気を荒げて噛み付いたりすることでなんとか自分を保っていた感じがします。そうした若者が大観衆の前で最高のパフォーマンスをみせることの困難さといいますか、そうした舞台にあがる前にどれだけ潰されているのか、ということも考えさせられました。

「ヨコハマ・フットボール映画祭」は6月4日~5日はかなっくホール、6日~10日はシネマ・ジャック&ベティで開催。『サンシーロの陰で』は6月5日(日)10:15-12:39にかなっくホールで上演され、スポーツメンタルアドバイザーの木村好珠さんのトークも聞くことができます。また、6/10(金) 19:00からはシネマ・ジャック&ベティでも追っかけ上映。ぜひ!お見逃しなく!

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