見出し画像

【回転機構 -ローリング・ロータリー・メカニスム-】

 メインストリート927からぐねぐねと細い裏路地に入った遥か奥、ここはいつ来ても薄暗く、雑多で、狭苦しい。
 入り口にかかる暖簾をくぐれば、顔面にむっとダシの香りが乗った水蒸気が襲い掛かる。無愛想な店主が俺の顔を見て、無言で手を動かしだした。小さすぎる椅子にそっと腰掛け、卓上のコップで冷たい水を喉の奥に流し込む。

 「あなたも食事、嗜まれるんですねぇ」
 珍しくも存在した先客、不健康そうで胡散臭いひょろひょろ男が、何を考えているのか話しかけて来た。鬱陶しいという表情を隠さずいても、気にせずに語りかけてくる。
 「バイオエネルギー変換なんて、今はそういないので、興味がありまして」
 「はい、ヤサイお待ち」
 客同士の会話など知らぬ存ぜぬと店主が俺の前にいつものを置く。ボウル一杯に山と盛られた野菜の山は、洗って切って山と積まれた、ただそれだけだ。
 「いただきます」
 卓上の箸を慎重に割り、猛然とヤサイを口に運ぶ俺のことを、ひょろ男が驚きをもって見ているのがわかるが、気にしない。補給を続ける。箸で持ち上げ、口に含んで、顎で砕いて、喉の奥へ。箸で持ち上げ、口に含んで、顎で砕いて、喉の奥へ。半分ほどを食べ終えたところで、店主が黙ってもう一杯ボウルを運んでくる。片手に持っている湯気を立てている丼はひょろ男の分だろう。
 「ソバと、チャージパックね」

 俺が野菜を噛み砕く音と、黙って受け取った男がズルズルとソバをすする音と、店主が野菜を洗って刻む音が店内に響く。男がソバを食い終わりチャージパックからの低速電力充電を始めた頃、俺はボウル二つを空にして、店主から三つ目のボウルを受け取った。
 「そのぉ、美味いんです? それは」
 「それは美味かったのかい?」
 「ソバは美味かったですが……」
 「じゃあこれも美味いんだろうよ」
 俺は三つ目のボウルを空にして、締めに箸を噛み砕く。
 ガシュン……しばらく仕事がないだろう店主が高速充電ポートに入った音がした。

【続く】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?