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【ナイス・サマー、ナイス・ホリデー、アンド、ナイス・ヴァケイション】

 ブンチャブブンチャブブンチャブブブンブ……

 強い日差し、赤道に程近く世界中の客がひと時の休暇を楽しむ、南国のビーチだ。
 陽気なパーカッションとベースが跳ねる。ペラペラの壊れかけのスピーカーで軽妙な音楽を提供しているキッチンカーが売っているのは、ごく一般的なガーリックシュリンプだ。

 「これ、だれ?」
 「ガーリックシュリンプだよ」
 「……おぉ、エビ、エビというもの。」
 世界中どこのスーパーにもあるブラックタイガーをまじまじと見つめる客が一人。
 「お兄ちゃんエビ知らないの?」
 「海のもの、知らない、ばかり」
 へぇ~、陽気な店主が珍しい客の全身を上から下まで見回す。この日差しの下で、長袖長ズボンに手袋、顔は包帯巻きで、濃いサングラス。そしてエビを知らない。とてつもなく怪しかったが、店主は気にせずエビを売った。


 ウキウキとガーリックシュリンプ片手に部屋へ帰る彼を見送った後、アルバイトのキャシーはバックで支配人を呼びつけた。上下関係の緩い職場である。
 「ねぇ、あの客なんなの?」
 支配人は質問を先回りして答えていく。
 毎日なぜかどっさり出されるゴミは中身を見ない約束。なにかふわふわした動物の毛のようだし、毎日庭の手入れに使う芝刈り機を貸すが、別に部屋に羊はいない。長袖と包帯は肌が弱いからで、実際隙間からチラリと見える肌が真っ赤。グラスを外すと見える、驚くべき鮮やかなブルーは君も見たとおりで、あの一切の曇りなく輝けるプラチナシルバーも合わせ、君がしきりに疑っている北欧の王子様疑惑は、残念だけれども違う。顧客台帳は君には見せられない(コンプライアンス!)。
 「国くらいいいじゃない」
 あの客はロングステイの予定だった、ここのところ毎日おんなじ内容で質問攻めをされる支配人は、脳みそからっぽ女め!という叫びを飲み込みつつも、とうとう折れた。

 「チベット!」

 イエティ、初めての南国ヴァケイションは、好奇の目に晒され前途多難である。

【続く】

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