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このコロナ禍で思い詰めてしまったとしたら

この頃は毎日東京都の感染症数の増減に惑わされてしまって意識は前向きなのに何をしたらいいのか分からない時間を過ごしていた。


 この悲惨な世界を目の前にして立ち竦んでしまった。コロナウィルスによって覆い尽くされた社会は分断されてしまった。デジタルとアナログとの地平が重なりリアルとヴァーチャルが1つになった。新しい世界には中心が無い。光も闇も無い。音と文字とが猛スピードで目の前を走り抜けていく。

 まもなく訪れるアフターコロナのネクストステージ、なにが今から準備出来るのか、みんなが模索している。活動自粛が長引くほどに、再開の光が小さくなっていく。なにが正義なのか己に問われ、暗闇の中その圧で押しつぶされていく。

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 この後街のどこに人が集い、アートは自由を獲得できるのか。過去も未来もアートの周りには人が集まっていた。どこで社会はアートとどのように繋がっていくのだろう。アーティストにこの先になにが出来るのだろうか。

 いまの僕にとって美術は社会の映し出す鏡である。今を生きる私にとって、眼前に起きているパンデミックは作品制作の源泉となるはず。観客とアーティストが同じ気持にならないと開催は出来ない。「どうすれば開催できるのか?」そのにある正義について日々考えしまう。

参考「正義をめぐる古代の理論は美徳から出発し、近代の理論は自由から出発すると言えるかもしれない。」マイケル・サンデル(2010)『これからの「正義の話をしよう―いまを生き延びるための哲学』(早川書房)

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