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高野雀「あたらしいひふ」:自分にないものを持つ人を羨みながら、そんな自分も誰かに羨まれている

高野雀の漫画「あたらしいひふ」はもともと同人誌だけで読めた作品ですが、2015年に『さよならガールフレンド』という単行本の特設サイトで公開されました。その後、絵や台詞が修正された「あたらしいひふ」を表題作とした単行本が2017年に刊行されました。

「隣の芝生は青い」とは、よく言います。他人のものは良く見えやすく、自分の理想と現実の間にはギャップがあります。人々が抱える「ずれ」を集めてパズルのように組み合わせると、不思議な世界が浮かび上がる――「あたらしいひふ」が描くのは、そんな世界です。自分にないものを持つ人を羨みつつ、そんな自分も誰かに羨まれている。自分にとっては不本意だったり、身を守るためにやっていることが、外側から見れば魅力的で賞賛すべきものと受け止められる。コンプレックスは他人から見るとそうでもない、というのはよくあることです。

変わりたいと思う気持ちは多かれ少なかれ誰しも持つものですが、実際の行動に結びつくのか、どう折り合いをつけるか、千差万別です。自分の置かれた環境で、受け入れたり、あるいは抗ったりしつつ、一方では自分にはないものを求めてもいる。例えば誰かの服装を思わず目で追うように、自分にはないものを見つけては少し羨む。「あたらしいひふ」では、四人の過去の出来事、現在の姿、そして各人の少し前を歩くものが描かれます。巧みなストーリーテリングが四つの世界を交わらせ、読者に心地よい読後感を残します。

高野雀が描く物語は、登場人物の表と裏が描かれるときの「間」や「余白」が特徴的です。しんしんと雪が降る真夜中のように純度の高い静寂を思わせます。「あたらしいひふ」を読んでいると、そういう不思議で奇妙で興味深い瞬間が何度も訪れます。

作中に「どうしてみんなそんなかっこわるくて平気なの」という台詞が登場します。初めて読んだ際、強く印象に残りました。ある女性が高校生だった頃、セーラー服を規則どおりに着ることに何の意味も見出せず、苛立ち、規則を受け入れる同級生に対して胸の奥で毒づきます。教師からは注意され、同級生とは分かち合えない。「どうしてみんなそんなかっこわるくて平気なの」と。

ところが、彼女はショー・ウィンドウ越しに、見たことのない服と出会います。試着した瞬間に登場する「世界は一瞬で変わる」という言葉や、その瞬間に浮かんだ表情が鮮烈な印象を残します。そのショッキングな体験を契機として、自分にとって普通ではない服を選び、着ることが彼女の行動原理になります。

彼女は働き始めてからも他人と異なる趣向の服を着ていますが、世間受けするような服装をした女性に出会い、ふと考え込みます。自分が格好悪いと思って避けてきた系統の服をさらりと着こなしていて、しかも相手から「自分は無難な服しか持っていない」と聞き、困惑の度合いは一層高まります。無難だと分かっていながら何故着られるのか、何故似合うのか。学生時代とは異なる次元で、似たような問いを突きつけられます。

服に興味がある人も、それほどない人も、楽しく読める漫画です。登場人物の服に対する考え方がそれぞれ異なるので、どこかしら自らに重なり、そこから物語のなかに潜り込めるのではないかと思います。随所に散りばめられたコミカルなタッチの表情に、思わず気持ちが和みます。深く考えたい人も、軽快なテンポを楽しみたい人も、流れるように進む物語に身を任せて、リズムに乗ってページをめくりましょう。最後のページまで余すところなく楽しめます。


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