2年間友達だった彼のこと
いまから京都の禅寺めぐりしよう!って2時間かけて京都までドライブしてきたり
炭水化物抜きダイエット勝負しよう!って誘ってきて2人で毎日体重と食べたもの報告しあったり
海外旅行しねえ?いいね!ってノリでタイに行ったり
太陽の塔の下で何時間も昼寝をしたり
東京に引っ越さねぇ?いいね!今の仕事やめるわ!ってノリで同じマンションの2階と3階に住んだり
そんな友達がいた。
彼は人の心を操れると思っていたし、催眠が得意だと言っていた。
わたしは操られた自覚はないけれど、思い立ったら即行動するフットワークの軽さと、おもしろそうな事には人を巻き込んで関わっていく行動力には影響をうけたと思っている。
彼と過ごした期間はたった2年程度なのだけれど、人生に変化をくれた人たちのうちの1人であることは間違いない。
ただ彼はいつも病んでいた。というよりも、いつも病んでいる女の子を好きになって貰い病みしているようだった。
それがわたしの手に負えなくなったときは居留守を使いながら暗闇で生活していたことも。電気がついていると夜中でもこちらの都合お構いなしでインターフォンを鳴らし朝まで付き合わされることになる。わたしまで病むわけにはいかなかった、友達なのに冷たいかもしれないけれど。
失恋すると彼はあっけなく関係性を切り捨て、もとの状態に戻ることも知っていた。今思えばわたしが知っているその元の状態は躁だったのかもしれない。
次に彼が好きになったのは彼の地元の女の子だったので、東京のマンションを留守にすることが増えた。うまくいってるようで、暇があれば何時間も電話をする話し相手はわたしではなくなった。
タイミングを同じくしてわたしは実家に戻ることになりマンションを引き払うことに。いらなくなった電子レンジと冷蔵庫を彼に引き取ってもらった。2人で汗だくで運んだ後「またね!大阪であそぼー」と言った彼は元気そうだった。
同じ年の冬に共通の友人から仕事中に留守番電話が入る。「彼がなくなりました」
いたずらが好きだった彼なら人を巻き込んだいたずらもやりそうだったこともあり直ぐには信じられなかった。信じたくない気持ちもあって、なにが彼をおわらせたのか訊くことが出来なかった。今でも。
実家に泊まらせてもらったことも、ご家族にあったこともあるのに、葬儀にも出ることができなかった。いつか訪ねて彼の話をしたり、お線香あげさせてもらえたら…と思ったまま、まだ立ち止まっている。
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