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取引先をあたれ!50代の自営業者

 約20年前…ある自営業の50代の男性が妻と子供そして仕事を残し仕事用の車で家出した。

 男性の妻から依頼を受けた我々は彼が残した名刺、伝票、領収書、年賀状やライターなどの遺留品を分析、当初は彼が頻繁に利用するガソリンスタンドの張り込みを行った。

 24時間営業の2か所のガソリンスタンドを3交代、5日間の張り込み…長期の張り込みは周辺店舗や住民に警戒心を与え無用なトラブルを引き起こす懸念もある目立たぬように慎重に我々は息をひそめた。

 張り込み中の会話は多岐にわたる。好きな曲、好きなTV番組、好きな遊び、政治から経済、仕事関係、人間関係の愚痴まで…家出人調査での張り込みは対象場所を凝視しながらの時間と自分との戦いでもあり、時には「仕事…辞めたいな、他の探そうかな。俺たちも家出したいな。家出人は気楽でいいよな…」等の軽口を相棒と言い合い対象者の来訪をあてもなく待つ。

 だが、その張り込み調査で彼を発見することは出来なかった。

 次に我々が着目したのは取引先だった。残された名刺、伝票、領収書、年賀状やライターなどの遺留品を分析、彼の取引先を聞き込みしていくと…彼が家出後に売掛金の回収に訪れていた取引先があることがわかった。

 彼が現金を欲していたのだ。取引先をあたれ!

 我々は取引先を一つ一つあたった。その結果、つい最近、彼がある取引先に売掛金の回収交渉に来ていたことがわかった。「●●日に再度来る。その時に支払う予定」その店から聞いた情報を基に張り込みをすると…彼が何食わぬ顔で現れた。

 取引先で現金を受け取った彼は車を発進させた。我々はバイク1台、車2台。当時、考えられたほぼ完璧な戦術で彼の車の尾行を開始する。

 「どこに行くのだろうか?宿泊先はあるのか?女のヤサ(家)か?ホテルか?サウナか?」仕事着を着込み、仕事用の車で何処かへ向かう彼。事情を知らぬ者が見れば、働く父、働く夫、責任感の強い自営業者だが…

 尾行開始から約1時間。彼の車は国道を西に向かう。道は山に続き途中には大きな湖がある。

 「なんか嫌な感じだな。わざわざ金を貰いに行ったのだから自殺はないよな」我々の軽口が少しだけ重くなる。

 湖沿いの道の路肩に車が停まった。我々は一旦、通り過ぎ彼の車の進行方向の脇道に調査車両とバイクを停めた。

 「バイクで通り過ぎて車内を様子を見てこい。俺は依頼者に発見連絡を入れ、引き渡しの打ち合わせをする」と、バイク調査員に指示を出し、併せて依頼者に電話連絡を入れ、現在地に向うように指示を出す。

 バイク調査員が戻り「シートを倒しています。休んでいるみたいです」との報告を受け、依頼者が到着するまで彼を監視することになった。

 時間が過ぎるが彼の車はエンジンが着いたまま動かない。時折、バイク調査員が様子を伺いに行くがシートは倒れたままだ。夕方になり依頼者が到着した。彼の車に近づき車内の彼と対面したが、彼は逃げる様子もなく依頼者と話し合いを始めたので我々の仕事は終わりを迎えた。

 その後、彼は依頼者と一緒に自宅に戻った。我々は彼らの車を尾行しながらそれをそっと見守った。

 翌日、依頼者から連絡があった。彼は寝ているようだ。居場所の無い日々はかなり疲れたのだろう…

 依頼者が言った。「全然、気づきませんでしたが、飲み屋の女性にかなりのお金を使っていたらしいです。それで借金をして…仕事も不景気なので返済の目途もない感じで…自殺も考えたらしいです。無責任な人です。」

 私は知っている。自営業者や中小企業のオーナー社長は真面目さ故に女性に嵌る。ある女性が言っていた。「一番の太客は小さな会社の社長。彼らはある程度の大きなお金を動かしてるからサラリーマンとお金の感覚が違う。それに責任感が強いから約束を守る。」そう、彼らは苦労して会社等を興し、ある程度自由に金が使るようになると遊びを覚える。そして、遊びを遊びと割り切れない者が多く…経営者が持つ責任感(取引先や従業員等に対して約束を守る習慣がある)が彼らを追い詰める。

 彼と同じような年齢になり…家出する者や自殺を考える者の気持ちを…わかる気がする。人生には色々な事があるものだ…


以上


 

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