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インターナショナル運動

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第一インターナショナルから続く労働者・労働運動・社会主義運動の国際組織についてまとめます。
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#秘密結社

【知ってはいけないロシア革命の重要人物】カール・ラデック

こんにちは。いつもお越しくださる方も、初めての方もご訪問ありがとうございます。 今回はカール・ラデックの英語版Wikipediaの翻訳をします。翻訳のプロではありませんので、誤訳などがあるかもしれませんが、大目に見てください。 カール・ラデックカール・ベルンガルドヴィッチ・ラデック(1885年10月31日~1939年5月19日)は、第一次世界大戦前にポーランドやドイツの社会民主主義運動で活躍したマルクス主義者で、ロシア革命後はソ連で国際的な共産主義者として活躍した。 初

秘密結社とブランキ主義

今回は浅野研真の著作『インターナショナル発達史』(大正14[1925]年)の>第二章 インターナショナル前史 >4 ブランキの運動 を紹介します。一部現代語調に直しています。 ブランキの運動1833年に『人権結社』 Société des droits de l'hommeが設立され、その後、1834年に『復讐者の結社』Société des vengeurs、『家族結社』、35年に『季節結社』となったようです。 『義人同盟』Bund der Gerechtenは、正義者

第一インターナショナル⑧風説と事実

安部磯雄・小池四郎共訳の『インターナショナル歴史現状発展』より、第一部・第二章、「第一インターナショナル」からの転載です。一部現代風にしています。共訳となっていますが、元々の著者は不明。【コメント】以下は個人的な感想などをまとめることにします。 安部磯雄・・・日本の社会主義者、日本フェビアン協会発足者、日本ユニテリアン協会会長、戦後の日本社会党顧問 秘密結社と総評議会第一インターナショナルは、いつでも革命と反乱とを待ち構えている一味と徒党の偉大なる常備軍をもつ緻密結社とし

第一インターナショナル⑦衰退と崩壊

安部磯雄・小池四郎共訳の『インターナショナル歴史現状発展』より、第一部・第二章、「第一インターナショナル」からの転載です。一部現代風にしています。共訳となっていますが、元々の著者は不明。【コメント】以下は個人的な感想などをまとめることにします。 安部磯雄・・・日本の社会主義者、日本フェビアン協会発足者、日本ユニテリアン協会会長、戦後の日本社会党顧問 普仏戦争の勃発マルクスの勝利はしかしながら、長らくは続かなかった。インターナショナルは1869年――70年の洋々たる前途をも

第一インターナショナル⑥マルクスの勝利

安部磯雄・小池四郎共訳の『インターナショナル歴史現状発展』より、第一部・第二章、「第一インターナショナル」からの転載です。一部現代風にしています。共訳となっていますが、元々の著者は不明。【コメント】以下は個人的な感想などをまとめることにします。 安部磯雄・・・日本の社会主義者、日本フェビアン協会発足者、日本ユニテリアン協会会長、戦後の日本社会党顧問 相互主義の敗北と社会革命への移行インターナショナルの膨張は、その会員のあいだの思想の変化をもたらした。1868年の9月5日と

第一インターナショナル⑤成長期

安部磯雄・小池四郎共訳の『インターナショナル歴史現状発展』より、第一部・第二章、「第一インターナショナル」からの転載です。一部現代風にしています。共訳となっていますが、元々の著者は不明。【コメント】以下は個人的な感想などをまとめることにします。 安部磯雄・・・日本の社会主義者、日本フェビアン協会発足者、日本ユニテリアン協会会長、戦後の日本社会党顧問 インターナショナルによる各組合への支援1867年になって、インターナショナルは、英仏の労働者に役立つ機会がはじめてやってきた

第一インターナショナル④インターナショナル第一回労働者大会

安部磯雄・小池四郎共訳の『インターナショナル歴史現状発展』より、第一部・第二章、「第一インターナショナル」からの転載です。一部現代風にしています。共訳となっていますが、元々の著者は不明。【コメント】以下は個人的な感想などをまとめることにします。 安部磯雄・・・日本の社会主義者、日本フェビアン協会発足者、日本ユニテリアン協会会長、戦後の日本社会党顧問 労働組合主義・マッツィーニ派・ブランキストそれが組織されてからの2年間というものは、その評議会は、インターナショナルの第一回

第一インターナショナル③結成と組織

安部磯雄・小池四郎共訳の『インターナショナル歴史現状発展』より、第一部・第二章、「第一インターナショナル」からの転載です。一部現代風にしています。共訳となっていますが、元々の著者は不明。【コメント】以下は個人的な感想などをまとめることにします。 安部磯雄・・・日本の社会主義者、日本フェビアン協会発足者、日本ユニテリアン協会会長、戦後の日本社会党顧問 マッツィーニ派とマルクスの対立この委員会の委員には、各流派の人々が混在していたから、各種の計画がそれぞれによって持ち出された

第一インターナショナル②セント・マルティンス・ホール

安部磯雄・小池四郎共訳の『インターナショナル歴史現状発展』より、第一部・第二章、「第一インターナショナル」からの転載です。一部現代風にしています。共訳となっていますが、元々の著者は不明。【コメント】以下は個人的な感想などをまとめることにします。 安部磯雄・・・日本の社会主義者、日本フェビアン協会発足者、日本ユニテリアン協会会長、戦後の日本社会党顧問 ロンドン労働評議会と国際博覧会イギリスと大陸の労働者の接触は、最初は随時的な、不定期なものであった。1861年12月17日に

第一インターナショナル①フランスの伝統とイギリスの現実主義

安部磯雄・小池四郎共訳の『インターナショナル歴史現状発展』(1931年)より、第一部・第二章、「第一インターナショナル」からの転載です。一部現代風にしています。共訳となっていますが、元々の著者は不明。【コメント】以下は個人的な感想などをまとめることにします。 安部磯雄・・・日本の社会主義者、日本フェビアン協会発足者、日本ユニテリアン協会会長、戦後の日本社会党顧問 経済的膨張の新時代1848年から50年にかけて一度打ち寄せた革命の波が引き去っていったときに「飢えたる」そして

第一インターナショナルとは何か?

ここでは昭和2年出版の田所輝明の著作『インターナショナル』より「第一インターナショナル」の箇所を紹介します。 『インターナショナル』について田所輝明は北海道出身で早稲田大学を中退後、共産党に入会し、12年に第一次共産党弾圧事件で入獄、福本和夫の福本イズムに反対して日本労農党に入党している。昭和9年、35歳で没している。 『インターナショナル』は田所氏の社会主義思想に基づく感想によるところが大きいが、比較的公平に描かれている。もちろん田所氏は他の著者に見られるようなマルクス