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日々雑感

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トイレのこと…最終回

でトイレとトイレ事情のことを話してきました。 それで今回は実際に温水洗浄便座を使って、お尻の穴をきれいにしてみましょう。 洗浄便座でない場合は排便後にトイレットペーパーでお尻の穴を拭きとります。普通軽く拭けば拭きとれるのですが、現代人の食生活や椅子に永く座る式の生活から、排便後に軽くお尻を拭いたぐらいでは奇麗に拭きとれなくなります。 お尻の穴をきれいに拭きとれなかったら、肛門回りがどうしても不潔になって不衛生ですし、ひいてはパンツを汚してしまったりしてしまいます。 そん

You Tube 静吉チャンネルの紹介

  YouTube に動画を公開しだしてから一年以上が経ちました。  YouTube 動画も、鳴かず飛ばずどころか、まだ歩くこともやっとのよちよち動画ばかりですで、生(き)のままの動画を主に上げています。  動画もブログと同じく雑多なものばかりで、動画のジャンルも何もなくただ動画を YouTube にアップロードしているだけです。  凝り性の飽き性なのでこっているときにたくさん動画をアップロードしていたので、多分動画の本数だけなら300本は軽く超えていると思います。  

山の声

 2021年2月8日月曜日のこと。  自主自粛で太ってしまった身としては、運動のためにハイキングで裏高尾にやって来ました。  裏高尾にやってきた目的は、高ドッケ南尾根を登って富士見台へ行き、下山は矢倉沢コースと考えていたのですが、うんと久しぶりの登山ハイキングなのでまずは足慣らしで北尾根から高尾山山頂に登って、高尾山山頂で昼食をとってから四号路に出て、それからいろはの森の足慣らし定番コースに変更しました。  高ドッケは急峻ですし、矢倉沢は富士見台から矢倉沢に下りるまでのトラ

トイレのこと…その3

トイレのこと…その1 トイレのこと…その2  この記事はトイレのこと…その1とその2の続きになります。今回の記事トイレのこと…3で終わりにするつもりだったのですが、たまたまマイクロソフトのビルゲイツさんがトイレ事情の良くない国や地域に対して何とか快適なトイレをと活躍していることを知って、もう少しトイレのことの記事を続けたいと思います。  トイレは食べることと同等にとても大事なことです。  ですが残念なことに人間の糞尿は、人間が雑食性だからかもしれませんがまさに汚物そのもの

トイレのこと…その2

この記事はトイレのこと…その1の続きです。  前回やっとトイレが温水洗浄便座になって喜んだことを話しましたがこんなに糞切りが悪くなったのは、ひょっとしたら若い頃バイクに長時間乗り過ぎていたからかもしれないなあなんて思っています。  バイクと言っても50ccの原動機自転車で俗には原チャなんて呼ばれていました。  無免許で数年間乗っていたのですが、捕まることもなくある日車にぶつけられて体が宙を舞うという事故をし、後に警察で事情聴取と始末書みたいなものを書かされたか何かしたと思い

トイレのこと…その1

 トイレは今でこそ温水洗浄便座が付いていて快適になったけど、昔はボッチャントイレでそれも古新聞でお尻を拭いていた時代があった。  しかも昔は人の糞尿も畑の肥やしにしていたので、畑にまかれた糞尿の中に古新聞が見え隠れしていたのを見たこともあった。声壺のまんまの原液を巻くのではなくてかなり稀釈した糞尿を巻くのであろうと思われる。  それゆえか小学校の頃には学校で一年に一回ぐらい虫下しの薬を支給されて飲んだ記憶があります。そうすると本当にお尻から虫が出てきたものでした。  坊

カツうどん

 頭の中で「カツうどん」という言葉が爆発した。  とっさに「そんないから」と唇が動いた。  お昼のトンカツ定食780円税込みを食べて腹もきつくなり、戻ってからパソコンディスクの前で、しばし放心するかのような心地よい睡魔と闘っていたときだ。  パソコンデスクのまえで放心するかのような睡魔と闘うときって、お酒を飲みだして程よく酔いが回って眠たくなりつつも寝るのがもったいないからちびらちびらと酒を飲みながら意識がカウンターにもわんと落ちてからカウンターの上で自分を中心に左右に漂

再生

リアル三丁目の夕日!【スゴすぎる昭和の庶民の暮らし】

大戦後の昭和中期の庶民の住環境の実情です。 といってもこれは職を求めて大都会圏に人が集中した状態での住環境です。 ここで問題にされているのは就寝分離という問題です。 昭和中期に入っても、家族が一つの部屋に布団を並べて寝るというのがごく当たり前でした。家族と家族の人の繋がりが豊かだった時代が逆に懐かしく思います。 この動画の状態はウサギ小屋以前の状態ですが、世の中が右肩上がりの成長期に入ってからは徐々に改善されていきますが、それでも小さな公団や団地でウサギ小屋と言われていたものです。それでも都営住宅などに抽選で入居出来たそれこそラッキーな時代と言えるでしょう。 今は核家族化もしているし子供部屋も一人一部屋となっているようですが、その結果は家族さえも個化が始まり家族の濃密さが失われ出し来ているような気がします。個化が始まって社会人になったら独立してしまうと家族との付き合いも薄まり血の繋がりも弱くなってきているように思います。 就寝分離は大事かなと思いますが、デジタル家電でスマホなどで家族内でもどんどん個化が進んでいるのが日本独特のような気がします。淡白な民族性なのでしょうか… 20数年前に家の建て替えで数ヶ月間兄弟家族と一間で生活したことがありますが、全く得られないプライバシーにストレス気味になっていたけど、あとで思うとあの時の生活の実が一番懐かしく思い出されます。

note 最低五記事をと…

 ノートで最低5記事を書きましょうなんてのはありましたけど、それに従うとあと二記事を書かなければいけません。  ところ変われば品変わるではありませんが、書く媒体が変わると元々そんないないような創作意欲がなんとなく湧き上がってくるのは不思議なものです。  これも一種の畳となんとかは新しい方がいいっていうやつでしょうかね。  残念ながら今はフローリングなので新しい畳を入れられないですけれど、後者の新しいのもまったく縁がなくて困っております。  縁がないというよりも出会いそのも

エビフライのこと

 エビフライなんてものを自分の食生活の中で忘れていました。  そうだなあどれぐらい忘れていたかと言うと10年は完全に忘れていたと思う。それがある時急に思い出したかのようにエビフライが無性に食べたくなってしまった。  そんな話を行きつけのスナックでママさんとしていた。 「だけどね小さいエビフライは食べたくないんだ」 「大きなエビフライが食べたいんだ」  そうしたらママさんが「あのお客さんがあそこのエビフライは大きいよって教えてくれたから、行ってみたらどうですか」て言われ