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テーマ「知財業界での大ピンチ」 企画参加記事

弁理士の日記念ブログ企画2022参加記事です。
弁理士でないから縁遠かったこの記念日、この企画、今年はお誘いいただいたためありがたく! 参加いたします。

テーマは「知財業界での大ピンチ」とある。知財職に就いて日が浅く大した経験なし、ではあるが折角いただいた機会、どうにか捻り出して書かんとす。

新規性を喪失していた

これはワタクシが知的財産部に来る前のこと。
発明した! ヨシ出願しよう、書いて直してサア出願だ! という段になり、「一週間前に露出した」と事業部から連絡が入ったという。どういう手違いか仔細知らぬが既に世に公開されてしまった。

そのときの知財部の反応は「新規性喪失の例外という規定があります。それを使いましょう」と、落ち着いたものだった。彼らは一度公開したことについてこの規定の適用を受けたらよいと考えていた。

しかし、公開は一件ではなかった。複数の別個の公開の機会があったのである。

ピンチである。

全件について適用を受けなければ、新規性欠如を免れ得ない。

時間が経てば公開情報が増える恐れがあるため出願を遅らせることはしなかった。これにより証明書提出までのタイマが動き出した。露出した情報を全て出してくれとの知財部から事業部への依頼に対し、「珍しく事業部も急いでくれた」(知財部談)が一日千秋である。

やきもきと待ち、やっと届いた回答に飛びつき状況を確認し、書類を作って手続きした。手を離れたときは甚だしく安堵し、この騒動の思い出を肴に事業部と酒を呑んだという。

一件落着、せず

否一旦は落着したかに見えた。

時は過ぎ。本願の中間対応のとき、知財部の本願担当者が何かの拍子に気づいてしまった。新規性の喪失の例外の規定の適用を受けていない、出願前に自ら公開した情報に。

大ピンチである。

拒絶理由にも無効理由にもなると伝えると事業部もショックを受けていた。あの安堵の酒も今は昔。

幸いかどうかは傍に置いてその公開情報が拒絶理由通知の引例ではなかった。自社がうっかり露出させた一ケースに、特許庁はまだ気づいていないようだった。

担当者は上司にこの件を報告した。その場にワタクシも居合わせた。

「やばいね」と上司は驚いた様子で宣った。

二秒ほど置いて曰く「まあどうしようもないね」と。

とりあえず担当者は拒絶理由通知に記載されている拒絶理由に対処した。進歩性欠如の拒絶理由であったが、それは痛くない程度の補正により解消できそうだった。解消しても眼前に別の新規性欠如の材料があるのだが、と暗澹たる思いだったという。

その後特許査定を受けた。登録料を納付した。
登録の報告を受けて、上司は「きずがあると交渉ごとに使いにくいなあ」と言っていた。

大ピンチだったのか?

これでしまいである。

大ピンチというと手に汗握る展開を期待させるが、これは言ってみればただただ悪い状況である。ピンチというのは跳ね除け、過ぎ去るからこそピンチなのかもしれない。露出済みと知った先のピンチより例外規定の適用を受け損ねた後のピンチが深刻であるのはそうであろうが、そもそもピンチかというと心許ない。否ちょっとテーマが難し過ぎやしないか。

兎に角。
本件は悪い状況のままそっと多くの特許の中に沈んでいってしまった。

うっかり者が掘り起こして交渉ごと争いごとに持ち出したら大ピンチ再びであるが。部内でこの無効理由が把握され、これがあっては使うに使えず、何かの時に維持費の支払いを止めるまで本件はのんびり過ごすのであろう。

この大騒動、「新規性喪失の例外は最後の手段」と言い、「露出情報ちゃんと教えてね」と言うにはよく使われていた。「ピンチをチャンスに」というには些か惨めだが、「転んでもただでは」くらいには利用されていた。これが次なる大ピンチを未然に防いでいるなら、よきことであろうか。

(おしまい)

筆者 @sylacwa

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