ステイクホルダーの顕著さ

企業はその企業のステイクホルダーを特定し、ステイクホルダーに対する価値創造を行うことが求められている。しかし、既存研究ではあらゆるものが企業にとってのステイクホルダーになりうることが指摘されている。最も一般的なステイクホルダーは、株主、顧客、サプライヤー、従業員、そして地域コミュニティである。しかし、ステイクホルダーの定義である、「組織の決定、政策、および運営に影響を及ぼし、あるいは、組織からの影響を受けることになる人々や集団」は上記以外にも考えられる。例えば、貿易団体や労働団体、NGOやアクティビスト、競合、政府やその他規制機関、メディア、一般大衆などである (Friedman and Miles 2006)。さらに、研究者によっては自然環境など、人や人によって組織されないものをもステイクホルダーとして定義しており、理論的な混乱が生じていることも否めない (Driscoll and Starik 2004; Starik 1995; Phillips and Reichart 2000)。とりわけ、企業やその他組織が影響を及ぼし、また影響を受けうる対象は無数に存在しており、その定義に純粋に従うとステイクホルダーでないものを探す方が困難になるであろう。

こうした現状を打破するための理論が、ステイクホルダーの顕著さ理論である (Mitchell et al. 1997)。この理論は、いったい何が企業のステイクホルダーであり、どのようにマネジャーが企業のステイクホルダーに注意を払うようになるのかを理論化している。この理論によれば、マネジャーは三つの特性によって企業のステイクホルダーを認識するという。その特性とは、パワー、正統性、そして緊急性である。パワーとは一般的に、ある社会的活動主体Aが、もう一方の社会的活動主体Bに、Bが通常行わないことを、させることができる関係を意味する (Dahl 1957)。例えば、マクドナルドのようなファーストフード企業に対して、食の安全に配慮するよう消費者団体が働きかけ、実際にそのファーストフード企業がカロリー表示をするなどの何らかの食の安全に配慮する行動を行った場合、この消費者団体は企業に対してパワーを行使したことを意味する。

次に正統性とは、社会的に構成された規範、価値観、信念、定義のシステムにおいて、ある主体の行為が望ましい、正しい、適切である、という一般的な認識・仮定を意味する (Suchman 1995)。例えば、日本においては長らく終身雇用が慣習として導入されてきた。この終身雇用というシステムは、決して法律で企業に強要されたものではない。しかし、日本という社会において、企業は終身雇用を維持すべきだ、という規範や価値観が形成され、終身雇用を維持している企業が存在している。この場合、終身雇用が正統な雇用慣行だとして認識され、終身雇用を採用する企業はその制度を通じて社会から正統性を獲得することができることを意味している。一方、正統性を獲得できない企業は、社会から淘汰されてしまう。

最後に、緊急性とはステイクホルダーの主張が即座に注意を必要とする程度を意味する (Mitchell et al. 1997)。例えば、製品のボイコットなどによって企業の売上に大きな影響が及ぼされる事象は、企業にとって緊急性の高い事象ととらえられ、ボイコットを行っている人々は対応を即座にする必要のあるステイクホルダーとして認識されるだろう。

このパワー、正統性、緊急性というモデルは実証研究によっても支持されている。例えば、Agle et al. (1999) はステイクホルダーのパワー、正統性、緊急性がCEOの各ステイクホルダーに対する顕著さと正の関係があることを実証し、こうした関係がCEOの持っている価値観によって変化する可能性があることを示した。また、Madsen and Rodgers (2015) は企業による災害援助型CSRに着目し、災害援助型のCSRがより金銭的な価値を持っている場合(パワー)、NGOがパートナーとして関わっている場合(正統性)、そして早急に災害によって生み出されたニーズに対応することに関わっている場合(緊急性)、ステイクホルダーはこうした活動に対してより注意を払うようになることを明らかにしている。このように、ステイクホルダーの顕著さはステイクホルダーを特定し、その優先順位を決める上で、科学的根拠に基づいた有効なフレームワークを提示してくれるのである。

References

Agle, B. R., Mitchell, R. K., and Sonnenfeld, J. A. (1999). Who matters to CEOs? An investigation of stakeholder attributes and salience, corporate performance, and CEO values. Academy of Management Journal, 42(5), 507-525, doi:10.2307/256973.
Dahl, R. A. (1957). The concept of power. Behavioral Science, 2(3), 201-215.
Driscoll, C., and Starik, M. (2004). The primordial stakeholder: Advancing the conceptual consideration of stakeholder status for the natural environment. Journal of Business Ethics, 49(1), 55-73, doi:10.1023/B:BUSI.0000013852.62017.0e.
Friedman, A. L., and Miles, S. (2006). Stakeholders: Theory and practice. Oxford: Oxford University Press.
Madsen, P. M., and Rodgers, Z. J. (2015). Looking good by doing good: The antecedents and consequences of stakeholder attention to corporate disaster relief. Strategic Management Journal, 36(5), 776-794, doi:10.1002/smj.2246.
Mitchell, R. K., Agle, B. R., and Wood, D. J. (1997). Toward a theory of stakeholder identification and salience: Defining the principle of who and what really counts. Academy of Management Review, 22(4), 853-886, doi:10.2307/259247.
Phillips, R. A., and Reichart, J. (2000). The environment as a stakeholder? A fairness-based approach. Journal of Business Ethics, 23(2), 185-197, doi:10.1023/a:1006041929249.
Starik, M. (1995). Should trees have managerial standing?: Toward stakeholder status for nonhuman nature. Journal of Business Ethics, 14(3), 207-217, doi:10.1007/bf00881435.
Suchman, M. C. (1995). Managing legitimacy: Strategic and institutional approaches. Academy of Management Review, 20(3), 571-610, doi:10.2307/258788.


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