法律とエシックスの関係性

ビジネス・エシックスの定義として、正しいことと間違っていること判断する、という要素を考えたとき、問題となるのは法律とエシックスとの違いである。法律は社会における規範を作るものであり、どのようにすべきかの指針を与えてくれる規則でもある。例えば、日本の健全な金融・資本市場を守るものとして金融商品取引法が公布され、企業の運営に当たっては会社法が公布されている。こうした法律に反して行動することは違法行為として厳しく批判されるであろう。この意味で、法律とエシックスの領域は重なる部分があり、ビジネス・エシックスにおいてもコーポレートガバナンスや組織の不正や違法行為について議論がなされている。

しかし、事業環境がますます複雑になる中で、法律だけに従って行動すればよい、という状況は稀有なことになってきている。例えば、法整備が現実に追いつかない場合があるということがあげられる。EU加盟国においては一般データ保護規則 (General Data Protection Regulation, GDPR) が定められ、2018年から施行されるようになったが、この背景として、GDPRが施行される以前からインターネットやソーシャル・ネットワークを通じて企業が得た個人情報は、倫理的に扱われるべきであることが求められてきた。GDPRはこうした社会からの要請に応える形で整備されており、この意味で、実際に倫理的な問題が生じた時点と法が整備されるまでの間には時間差が生じるのである。また、世界には、企業が製品を作る際に行われる動物実験に関して、法律の整備が追いついていなかったり、従業員の雇用に関して明確な取り決めのない国も存在しているかもしれない。この意味で、法律や規則以外に正しいことと間違っていることの判断軸を持っていることが人々には求められている。

また、法律や規則さえ守ればよい、という考えは、法律や規則が常に正しい、という前提のもとに成り立つ議論である。しかしながら、アパルトヘイトなど、人間が制定する法律や規則が常に正しいという保証はどこにもない。それゆえ、なぜその法律や規則に従わなければならないのか、その意味を問う必要があるだろう。


他にも、企業や組織独自の規範が現実と合致しない場合もエシックスの考えが役に立つであろう。「規則だから」という理由で提案が拒まれたり、作業手順が受け入れられない場合、なぜその規則が正しいのか、その規則を改善する余地はないのか、といった批判的な見方が重要となる。ビジネス・エシックスは、こうした批判的な精神に則り、問題の本質に切り込む学問である。


以上のように、我々は法律が整備されていない事象に対してもその正しさを問う必要があるほか、法や規則として整備されていることに対しても絶えず正しさを問う必要があると言えよう。よって、ビジネス・エシックスは法律で取り扱う事象を含む、ビジネスをする上で直面する様々な倫理的問題に対処するという特徴を持っているのである。

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