【随想】NHKワンセグ受信契約訴訟地裁判決を読む

 今年(2016年)8月、ワンセグ機能付き携帯電話を所有者が、NHKとの間で受信契約を締結する義務があるかないかにつき、ちょっとおもしろい判決が示された。報道でご覧になった方も多いかもしれない。ポイントは「設置」と「携帯」という二つの言葉の法律上における取扱いである。
 ご存の方も多いかと思うが、受信契約ないし受信料に関する放送法64条は、第1項本文で「協会(NHKのこと:筆者注)の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない」と定める。いわゆる受信料の話は、受信契約締結後の債権債務関係にもとづいて徴収されるものなので、次の段階の話。ここではまず、ワンセグ機能付き携帯電話が「協会の放送を受信することのできる受信設備」に該当するか、そして、その受信設備を「設置」しているか否かが問題である。
 従来、NHKはワンセグ機能付き携帯電話の所有が、「協会の放送を受信することのできる受信設備」の「設置」に該当すると考え、テレビ受像機がなかったとしてもワンセグ機能付き携帯電話を所有する世帯と受信契約を締結し、受信料を徴収してきた。
 しかし、判決は、ワンセグ機能付き携帯電話が「協会の放送を受信することのできる受信設備」に当たることをあっさり認めたものの、放送法が「『設置』と『携帯』を区別し……、放送法64条1項の『設置』は、同法2条14号の『設置』と同様、『携帯』の意味を含まない」との理解を示した。あくまでもワンセグ機能付き携帯電話を「携帯」しているにすぎず、「設置」した者に該当しないと判示したのである。
 おそらく訴えられたNHKは、この裁判所の結論もそれに至る立論もまったく想定外であったに違いない。「設置」はあくまでも「設置」であって、他の法条における「携帯」との関連を問われるとは思いもしなかっただろう。      さて、「ワンセグ機能付き携帯電話には受信契約を締結する義務がない」としたさいたま地裁の判断のポイントは、放送法における「設置」と「携帯」という文言を厳格に区別したことにある。裁判所が、ここまで「設置」と「携帯」の文言にこだわった理由は、どこにあるのか。判決を辿っていくと、どうも受信料というものの法的性格に関わる裁判官の考え方を反映しているようである。
 受信料について、裁判所は、まず実務上の理解と同様、放送視聴に対する対価性をもたない、特殊法人に徴収権が認められた「特殊の負担金」との性格を認めている。そして、この「特殊の負担金」は、形式的には憲法84条の「租税」には当たらないものの、「受信料の徴収権を有する被告は、国家機関に準じた性格を有するといえるから、……放送受信契約締結義務及び受信料の負担については、憲法84条及び財政法3条の趣旨が及ぶ国権に基づく課徴金等ないしこれに準ずるものと解」し、その要件は「明確に定められていることを要する」。したがって、「特殊の負担金」である受信料を課すには、「租税」に準じた取扱いが必要であり、課税要件は文言上一貫性をもって明確にされるべきとするのが地裁の判断である。いずれにせよ、NHKはこれを不服として控訴している。東京高裁がやや形式的に文言の解釈を押し通した地裁の判断を現実の実務をうけてどのように評価するかは見ものである。
 どうも、わが国の法律は、政府の介入を根拠づける法律としての役割を念頭に置いて法律が作られる傾向があるようで、これにもとづく権力の行使が事後に司法によって判断されることが想定されているのかどうか。部分的には整合的な法律の規定であっても、法律全体をとおしてみたときに整合的かどうか疑われる場合がないとはいえない。今回問題となったように、受信契約のところで使われている「設置」という文言が、やや離れた別のところで使われている「携帯」という文言との整合性に考慮されている形跡はない。しかし、裁判における解釈にあっては同一法律の中で同一の文言をあえて別異に取り扱うことの方がよっぽど説明を必要とするのだ(2016年12月5日記)。

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