【読書雑記】廣松渉『<近代の超克>論−昭和思想史への一視覚』(講談社学術文庫、1989年)

 昨年購入し、一度通読した本、廣松渉『<近代の超克>論---昭和思想史への一視覚』(講談社学術文庫、1989年)を読み返す。小林敏明著『再発見日本の哲学・廣松渉---近代の超克』(講談社、2007年)と併せて、読むのがきわめて有意義。
 「京都学派の哲学的人間学は、西洋における生の哲学や実存主義のインパクトを受け留め、人間を以て単なる『理性的存在者』とみる一面的な啓蒙主義的人間観に対して、人間存在を『生の現実』に即し『情意的な面』までを含めて総体的に捉えようと努力したのかもしれない。そして、多分に社会有機体説の発想との親近性を示しつつ、人間存在の本源的な共同存在性を把えたのかもしれない。しかし、それは、古典的な近代哲学の啓蒙主義的理性主義や個体主義、その準位に立った古典的な人間主義に対して、一種のロマン的な揺り戻し、そのかぎりでの新装版人間主義を対置したものにすぎないのではないか。そして、この知的・情意的な構えや有機体主義的な発想が、日本浪漫派の"文士的"近代超克論の情念とも相通じたがゆえに、かの『近代超克論統一戦線』が形成され得たのではなかったか」(廣松前著p.252)。
 戦前における思潮が、統制経済論とどうシンクロしたのか。その手がかりが示唆された一文である(2008年1月13日記)。

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