衝動は真っ黒
先輩の作品が真っ黒に塗りつぶされた。
展示が始まって2日目、白地のキャンバスの作品は何が描かれていたか分からないくらいに真っ黒になっていた。
黒は作品からはみ出し、白い壁にもべっとりついていた。
犯人は作品を作った先輩自身だった。
もう少しで夏休みが始まるというのになんて迷惑なことをしてくれたんだろうとみんなが腹を立てていた。いつも仲よさそうにしていた先輩の友達もあんなことするなんて...と引き気味だ。
壁のスプレーを消すのもなかなか手間がかかる。まして、別の学科の部屋を借りて展示していたのでたくさんの人に迷惑がかかっている。周りの作品にかかってたらどうしてたんだという声も聞こえた。
別学科の先生は許してくれたようだが、担当の先生の怒りは見たことがないほどだった。
人がざわめく中で、私は高校の頃に描いた絵を思い出していた。
自分の背丈と同じくらいの画面に家の浴室を描こうと試みた。
毎年夏休みの間に描いた絵はコンクールに出すことが決まっているらしい。つまり、作品制作期間が限られているのだ。
しかし段々その大きすぎる木板に気が滅入ってきた。
油彩は初めてで、どう描けばいいかわからなくて、闇雲に描いていても自分の思い描く正解とは程遠いものになってくる。
ただ思った色になるように無意味にベタベタ塗り続ける。
蝉の声が聞こえてくる誰もいない美術室で、玉のような汗を流しながら私はもがき苦しんでいた。
でも、描き上げなければならない。
こんなに出来損ないだけど、もうその展覧会には私の置くスペースが用意されているんだ。
私は提出する前々日に、衝動で画面を薄い黒で塗りつぶした。これで完成。もう本当に関わりたくないんだ。
数日後に搬入が行われた。外で見たそれは何が描かれているか全く分からない絵だった。
他の美術部員に丁寧に運んでもらっている私の作品を見て、私の体をあの塗りつぶす前の下手くそな絵みたいに真っ黒の中に隠したかった。
平成最後の夏休みが終わった。
あの日から先輩を一度も見ていない。
先輩は自分の衝動を、人から非難された衝動をきっと認められてないんだと思う。
自己嫌悪に溺れているんじゃないだろうか。
私は一度も喋ったことない先輩に共感する。
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