No.15 映画「コレクティブ 国家の嘘」のその後

先日、映画「コレクティブ 国家の嘘」を観ました。
この映画は、ルーマニアの公的医療の不正や汚職事件を題材にした2019年公開のドキュメンタリー映画です。

映画公開後、不正に立ち向かったヴラド元保健相や、現在のルーマニアの公的医療の状態がどのように変化したのかを調べてみようと思います。

ヴラド元保健相の経歴

ヴラド元保健相は、現在38歳。ウィーン経済大学で学位を取得した政治経済学者です。(余談ですが、ウィーン経済大学の図書館を設計したのは、ザハ・ハディッドさんです。個性的なデザインです。)

2008年、彼は「細胞増殖抑制剤のネットワーク」というボランティア協会を設立しました。
この協会は、当時のルーマニアでは入手困難な抗がん剤をウィーンで購入し、ルーマニアに輸送して無償で患者に届ける活動を行うグループです。

映画でも出てきますが、消毒剤スキャンダルの中で前保健相が辞任した後、2016年に彼はルーマニアの保健相に就任しました。
彼は、ウィーンで14年の実務経験を持つエコノミストで、当時、財務省の首席補佐官でした。
しかし、抗がん剤のボランティア活動を通し、市民社会の代表として医療制度に精通していたため、保健相のポジションに抜擢されました。

彼は議会の支援を受けていませんでしたが、ルーマニアの保健システムを改革しようとしました。
彼のこのときの保健相の在任期間は、2016年5月から2017年1月の約半年間です。
(映画ではここまでが描かれていました。)


2016年5月からの半年間でヴラド元保健相は何をしたか

1. 公立病院で横行する賄賂について切り込んだ

ルーマニアでは、医師が患者から賄賂を受け取り、賄賂の有無や金額によって医療内容が左右される状況が常態化しています。
ヴラド元保健相は、このような状態を批判しました。
ヴラド元保健相の発言は、一部の医療スタッフの反感を呼びました。

2020年7月に発行されたルーマニア健康観測所の報告によると、2019年、6,000人以上の患者の中で5人に1人が医師または看護師から賄賂を要求されたとされています。
ルーマニアの病院では、患者は入院中にポケットマネーで材料や薬を購入しなければなりません

2. 病院経営の非政治化

病院経営の非政治化は、ヴラド元保健相が行おうとした最も重要な改革です。
ルーマニアは、かつて社会主義国家でした。
そのため、公立病院の院長選出が硬直的・縁故主義的で、政府や製薬会社と病院が癒着し、不正がはびこっています。

彼は、病院長の人選基準の厳格化に着手しました。
この改革を行おうとしたため、彼は病院利権に関わる人たちから激しい攻撃を受けました。
彼は病院管理の非政治化に関する条例の成立を目指しましたが、この条例は上院で否決されました。

3. 予防接種制度改革

2016年9月、ルーマニアでは、はしかの流行が深刻な状況になりました。
ヴラド元保健相は、ワクチンの恒久的に在庫を確保することと、接種による利益と起こり得る副作用について国民に知らせることを義務付ける新しい予防接種法を提案します。
ワクチン接種法案は、議会で採択されませんでした。

4. 退院した患者に対するフィードバックメカニズム

ルーマニアの病院から退院した患者は、SMSまたはWebフォームを介したフィードバックメカニズムを利用でき、病院での処置に対して感謝または不満を表明することができます。
この質問票の質問に対する患者の回答は、保健省に直接送られます。

2016年、フィードバックメカニズムはヴラド元保健相の任期中に導入されました。
導入時、医科大学はこの導入に協力的でした。
しかし、2020年のルーマニア健康観測所の報告によると、フィードバックは5病院のうち3病院が退院数の5%未満であり、5病院のうち1病院がゼロとなっています。
病院側は、患者の満足度について関心が薄い状況です。


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ルーマニアでは昨年11月と今年1月に病院火災で死者が出ており、老朽化した医療インフラに懸念の声が上がっています。
ルーマニアのヨハニス大統領は、同国の医療は「時代遅れ」と発言しています。
医療制度改革は、映画が撮影された2017年からあまり進んでいないのかもしれません。

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