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英文解釈演習室2023年2月号

【訳文】ペンネーム I am a cat.
 今とにかく何かが(たとえ何であれ)起こっているのは、まことに奇妙である。はじめは無の状態から、まずビッグバンが起き、そして今我々はみなここに存在する。なんと不可思議なことか!
 シェリングの提起した由々しき問題「なぜ無ではなく有が存在しているのか?」に対しては以前からずっと、大きくわけて二つの答えがある。一つは言わば「あっ」の哲学だ。森羅万象はただ生じるのみで、裏で糸を引くものもなく、つまるところはすべて偶然や無作為で、ただ存在しており、単に起こるだけだ――あっ! この「あっ」の哲学(現代の同類は無数にあり、実証主義に科学的唯物論、言語分析に史的唯物論、あるいは自然主義に経験論等)は、ときには見かけがいかに高尚で成熟しているにせよ、つきつめればいつも基本的にはおなじ答えに到達する――すなわち「大人になれ」。
 いわく、「何であれ一体なぜそれが生じているのか?」「なぜ私はここに存在するのか?」などと問うこと自体が――こうした疑問そのものが意味不明であり病的で馬鹿げていて、はたまた幼稚であると。このような愚かな、もしくは支離滅裂な疑問を抱かなくなることが一人前のしるしであり、この世で大人になることのあかしだと、連中は口をそろえて言い張るのだ。
 異議あり。思うに「現代の成熟した」学術分野がしめす「答え」――つまり、あっ!(だから「大人になれ!」)――こそが、人生の意味を求めて懊悩する者への回答として、これ以上はありえないほど幼稚である。

※強調部分は、提出答案では傍点。

【検討会後の反省点】
結局、the philosophy of "oops." をどう訳すべきなのか、結論は出なかった。

【今回の方針】~読と解~
Step 1:「読」
まずは、あくまでも原文の構造どおりに読みとって、基本的には原文の語順どおりに直訳する(黄・青リー教の成果を発揮)
Step 2:「解」
直訳では意味が通じないところを、意味の通じる自然な日本語に修正しつつ、より原文の真意に近づけていく(筒井先生三部作の成果を発揮)

【課題文の前後の文脈、背景知識】
課題文の出典は
Sex, Ecology, Spirituality: The Spirit of Evolution
by Ken Wilber
Ken Wilber is an American philosopher and writer on transpersonal psychology and his own integral theory, a systematic philosophy which suggests the synthesis of all human knowledge and experience.

Sex, Ecology, Spirituality
Ken Wilber traces the course of evolution from matter to life to mind and describes the common patterns that evolution takes in all three of these domains.
解説文はいずれも Goodreads より。また、本人登場の動画が YouTube にたくさんある。

課題文は Introduction の冒頭からなので、前の部分を受けた内容はない。 ここでは two general answers のうち一つを紹介しただけなので、つづく部分に二つめが登場する。この二つめの答えは、何か人知を超えたもの(「道」であったり「神」であったり、名前は学派や宗教によってさまざまである)が、宇宙の法則を支配しているというものである。

【訳文提出前に考えたこと】
(1パラ-1文目) It is … that something – that anything – is …
It は仮主語、that 以下が名詞節で真主語なので、真主語を訳文でも主語に。課題文にはダッシュ(――)があまりにもたくさん出てくるので、ここも含めていくつかを日本語としてより自然な(  )におきかえた。
また原文のイタリック体(ここでは anything)は強調なので、文字の上に点をうつことで処理した。

(1パラ-2文目) There was nothing, then a Big Bnag, then …
時系列「無(過去)」→「ビッグバン(過去)」→「有=存在(現在)」を訳文でも明確にした。

(1パラ-3文目) This is extremely weird.
基本的には weird = very strange なのだろうが、すでに1文目に flat-out strange が出ているので、どうやって強調すべきかかなり悩んだ。英英辞典で調べると、
(1) very strange or unusual and difficult to explain
(2) strange in a mysterious and frightening way, eerie (OALD)
strange and unusual, sometimes in a way that upsets you
upset = very sad, worried, or angry about something (Macmillan)
怖くて当惑するくらい奇妙・不思議だということで、「不可思議」「奇怪」「霊妙」などを検討。それをさらに強調するために感嘆文として訳してみた。→「なんと不可思議なことか!」

ところで、名著『にゃんこ四字熟語辞典』の影響なのか、今回の訳文の草稿に四字熟語が多くなっていた。「不可思議」に「森羅万象」「問答無用」「異口同音」「支離滅裂」、あるいは「存在理由(レーゾンデートル)」などなど。そのときに目に入ったのが『翻訳の基本』の以下の記述。
四字熟語
...注意を怠ると、内容と形式との落差がどんどん広がってしまう。その一例に漢字の四字熟語の乱用がある。...四字熟語乱用の病気が高じると、不思議なことに、漢字の四字熟語を使わなければ、翻訳をしている気がしなくなってくるらしいのだ。そのあげく...」『翻訳の基本』(宮脇、pp. 46-47)

この後は、少しでも四字熟語を減らそうと七転八倒いや悪戦苦闘をしたのであった。

(2パラ-1文目) Why is there something rather than nothing? … two general answers.
something を「有」、nothing を「無」と、簡潔に表現してみた。
また rather than は、ここでは instead of の意味。
『英単語のあぶない常識』(山岡、pp. 143-149)より。

two general answers は、この後おなじ段落に the same basic answer(その後、課題文の範囲の直後に The other broad answer)が出てくる。つまり general = basic (= broad) の言い換え。疑問への答えが二つのグループにわけられている。要するに、「まったくおなじ回答」をする学派がいくつもあるのではなくて、「つきつめればおなじカテゴリーに入るような回答」をするグループが二つある。したがって、「大きくわけて二つの答え」とした。

(2パラ-2文目) the philosophy of "oops."
課題文中で最も悩んだ単語が oops 。「やばい」「えっ」「うわっ」「ぐわっ」なども検討したが、どうも訳文中でしっくりこなかった。ちなみに、YouTube の動画中で著者の Ken Wilber が "Oops!" と言いながら、口を手でおさえている場面があった。謝っているわけではなく、驚嘆して感動しているわけでもなく、軽く驚いて(当惑して?)いるだけ。最終的には下の情報も勘案して、もっと地味でめだたない「あっ」に落ちついた。

Wilber contrasts the materialistic, mechanistic view of science—mockingly called by Wilber the "philosophy of oops" … with his own spiritual outlook on life ... Wilber often resorts to a caricature of science to promote what I would like to call now his own "philosophy of wow!"
(My Tribute to Ken Wilber, Frank Visser)
つまり、the philosophy of oops と philosophy of wow対比できる表現。驚きの表現だとしても、wow は強くてポジティブ、oops は軽くてネガティブなものか?
wow = used to show that you are very surprised or impressed by sb/sth (OALD)
used to express strong feeling (such as pleasure or surprise) (Merriam-Webster)
oops = (1) used when sb has almost had an accident, broken sth etc.
(2) used when you have done sth embarrasing, said sth rude by accident, told a secret, etc. (OALD)
used typically to express mild apology, surprise, or dismay (Merriam-Webster)

(2パラ-3文目) The universe is … it just is
The universe はもちろん「宇宙」でも問題ないだろうが、この文中では宇宙に存在する、または生じるすべての存在物と現象を含んでいるので「森羅万象」とした。(追記:生じるのは「物」、起こるのは「現象」だから、「万物」などの訳語では不十分。)
なお "it just is" の "is" は「存在する」。

(2パラ-4文目) its modern names and numbers are legion … the same basic answer … “Don’t ask.”
ここはおそらく One's name is legion「~の同類は大勢いる」という聖書の表現(マルコによる福音書 5:9)がもとになっている。
Then Jesus asked him, “What is your name?” “My name is Legion,” he replied, “for we are many.” (New International Version)
And he asked him, What is thy name? And he answered, saying, My name is Legion: for we are many. (King James Bible)
そこで、イエスが、「名は何というのか」とお尋ねになると、「名はレギオン。大勢だから」と言った。(新共同訳)
イエスまた『なんぢの名は何か』と問ひ給へば『わが名はレギオン、我ら多きが故なり』と答へ、(文語訳)
ただし numbers に「数」の意味があるのかどうかは、調べてもよくわからなかった。

the same basic answer は、2パラの1文目 two general answers に対応しているので、「おなじ基本的な答え」ではなく「基本的にはおなじ答え」とした。
“Don’t ask.” も相当に迷ったところ。「知らぬが仏」「寝た子を起こすな」などの意訳や、より直訳に近い「問答無用」「聞いてはならぬ」、さらには質問返しの「なんでそんなこと聞くの?」なども検討したが、どうにもしっくりこない。最終的には、つづく3パラの内容(こうした疑問をもつのは幼稚大人は疑問をもたない)にうまくつなげるために、「大人になれ」という変化球で訳してみた。

語順について
ここまではほぼ英文の語順どおりに和訳してきたが、――にはさまれた部分(its modern names and numbers are … to empiricism)を、訳文では副詞節(no matter how … apear)の前に移動した。――にはさまれた部分は The philosophy of oops の具体例であり、あいだに副詞節をはさむと、どう工夫しても訳文が理解しづらくなってしまうため。

(3パラ-1文目) … the question itself is said to be …
ここでも原文のイタリック体(the question itself)は文字の上に点をうつことで処理。
said to be とは、誰に言われているのか? 前後の流れからして「the philosophy of oops の仲間たち(2パラの its modern named and numbers 、4パラの "modern and mature" disciplines)」だが、訳文にも主語は入れずに「いわく、~と」のように漢文調で処理した。 

(3パラ-2文目) they all maintain … in this cosmos.
they all については、上記1文目の隠れた主語とおなじと解釈(the philosophy of oops は単数なので違うはず)。「連中は口をそろえて~」とした。「連中」には、著者からの否定的な含みをこめたつもり。

ふつうの辞書には「maintain 主張する」と出ているが、英英で確認すると、
to keep stating that sth is true, even though other people do not agree or do not believe it (OALD)
to continue to say that something is true, even if do not believe you (Macmillan)
と出ているものもあり、その主張を相手が信じていないときもあるようだ。じっさい筆者は信じていないので、「言い張る」とした。

in this cosmos は、もちろん「この宇宙において」でもよいだろうが、Don't ask 派は精神面を軽視して物質面を重視していることから、「この世で」あるいは「現世で」がふさわしいと考えた。

(4パラ-1文目) I don't think so.
意味じたいは「私はそうは思わない」で問題ないが、3パラまでの相手の主張をひっくり返すためのもっと強い訳語はないか考えてみた。韓国ドラマ『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』の宣伝動画で、「異議あり!」の言い方を練習する場面が印象的だったため採用。

(4パラ-2文目) … is about as infantile a response as the human condition could possibly offer.
ここで思い出したのは、
I have lived about as solitary a life as a modern man can have.
(God's Lonely Man, by Thomas Wolfe)
『続・本格派のための英文解釈道場』(筒井、p. 149)
『解釈につよくなるための英文50』(行方、pp. 65-66)
『英文標準問題精講』練習問題96(原・中原、別冊 p. 32)
などに解説がある。事実上の最上級とみて、上記の本の和訳も参考にしながら、「~回答として、これ以上ありえないほど幼稚である」とした。

the human condition とは何か? 以下引用が長くなるが、
"The human condition is defined by the users of the term as all of the characteristics and key events of human life, including birth, learning, emotion, aspiration, morality, conflict, and death. This is a very broad topic that has been and continues to be pondered and analyzed from many perspectives, including those of anthropology, art, biology, history, literature, philosophy, psychology, and religion.
As a literary term, "human condition" is typically used in the context of ambiguous subjects, such as the meaning of life or moral concerns." (Wikipedia)

The human condition is the “totality of the experiences of being human and living human lives.” The exposition of this idea has occupied philosophers from the beginning, but more recently has been examined as an aspect of existentialism. (Hektoen International, Patrick D. Guinan)

(追記)The Human Condition, Hannah Arendt の解説
A work of striking originality bursting with unexpected insights, The Human Condition is a in many respects more relevant now than when it first appeared in 1958. In her study of the state of modern humanity, Hannah Arendt considers humankind from the perspective of the actions of which it is capable. The problems Arendt identified then--diminishing human agency and political freedom; the paradox that as human powers increase through technological and humanistic inquiry, we are less equipped to control the consequences of our actions—continue to confront us today. (Goodreads)

以上より、the human condition とは2パラ冒頭や3パラ冒頭の疑問と大いに関係する「人生の意味や自己の存在意義」のことだろう。2番目の as 以下の無生物主語を直訳すれば「人生の意味や自己の存在意義(を探求すること)が提供する回答」などと、不自然な日本語になる。したがって、自然な日本語になるよう回答を提供される人を主語にして「人生の意味を求めて懊悩する者への回答として~」と訳してみた。

(おまけ) Schelling のいう Positive Philosophy と Negative Philosophy
シェリングの晩年の思想は、それまでとはずいぶん違っていたらしい。そのテーマが positive philosophy である。

… Understood in this sense, negative philosophy is not concerned with the facticity of something that exists at all. Therefore it is not concerned with the question “why something exists at all?” The negative philosophy is rather concerned with the question: if and if something exists, what is its essence, what is the “being” character of this being irrespective of the problem whether such a being exists as “this” being at all.
(IEP: Internet Encyclopedia of Philosophy) 

つまり、この課題文でいう一つ目のグループが negative philosophy 、二つ目のグループが positive philosophy 。前者は「なぜ X が存在するのか?」は考えず、「 X が存在するならば、その本質は何か?」を考える。一方後者は「そもそも、なぜ X が存在するのか?」を考えつづけるらしい。

(追記)シェリング Schelling [生]1775.1.27 [没]1854.8.20
ドイツの哲学者。ドイツ観念論の系譜のなかで,フィヒテの知識学から出発し,そこでは排除されるべきものとして考えられていた自然をも,精神と同一の原理において把握するために独自の自然哲学を立て,のちに同一哲学として体系化した。特に芸術を哲学のオルガノンないし証書としてこれに高い位置を与えたことなどから,当時のロマン主義者たちから大きな共感を得,その哲学的代弁者と考えられた。その後ヘーゲル哲学が主流を占めるようになってからは,みずからの同一哲学をもヘーゲルの絶対的な弁証法と同じく,絶対者として神そのものにいたりえない消極哲学にすぎないとして,積極哲学を説いたが,世に受入れられず不遇のうちにこの世を去った。
(ブリタニカ国際大百科事典)

唯物論
唯物論という名称は18世紀に成立したものであるが、その考え方は初期ギリシア哲学にすでにみられる。デモクリトスの原子論によれば、原子と空間以外には何物も存在しない。世界のいっさいの事物の性質は、これらの事物を構成する原子の形、大きさ、位置およびその結合の粗密から説明される。いっさいの現象は原子の機械的な作用によって起こり、必然的に決定されている。霊魂の作用も、原子の作用の一種と考えられていた。ソクラテス、プラトン以後、さらに中世を通じて唯物論は衰退したが、近世に至り、F・ベーコン、ガッサンディを先駆者として、18世紀イギリス、フランスにはそれぞれ独自の唯物論が発展した。ドイツでは、ヘーゲルの観念論を批判したフォイエルバハがあり、その影響を受けて、マルクス、エンゲルスが弁証法的唯物論を確立し、今日の思想にも大きな影響力を失っていない。
(小学館 日本大百科全書)

自然主義
一般には文芸用語として,19世紀後半,フランスにあらわれて各国にひろまった文学思想,およびその思想に立脚した流派の文学運動を指す。ナチュラリスムという原語は,古くは哲学用語として,いっさいをナチュールnature(自然)に帰し,これを超えるものの存在を認めない一種の唯物論的ないし汎神論的な立場を意味していたが,博物学者を意味するナチュラリストnaturalisteという表現や,自然の忠実な模写を重んずる態度をナチュラリスムと呼ぶ美術用語など,いくつかの言葉の意味が重なり合って影響し,文学における一主義を指す新しい意味を獲得するにいたった。
(平凡社世界大百科事典)

【参考資料】


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