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英文解釈演習室2023年6月号

【訳文】ペンネーム I am a cat.

 ジョー・バイデンには喪服が似合う。先日ベストセラーとなった自伝『約束してくれないか、父さん』で彼は次のように述べている。「何年も前から気がついていました。私自身もつらい記憶が生々しく蘇ります。それでも私がそばにいると、予期せぬ形で大切な人を突然亡くし悲しみに打ちひしがれている方々は、必ずといってよいほどほっとされます。……私が遺族のみなさんにおかけする言葉は、私たちに共通する経験から語っているのだとわかってくださるのです」バイデンは最愛の息子ボー・バイデンが刻一刻と死へ近づくのを、抑えた筆致で痛切に描いているが、それですら著書の中で最も胸を打つ場面とはいえない。それ以上に心に響くのは、ウェイ・タン・リューの2度の短い登場である。その息子ウェンジャン・リューは、2014年のクリスマス前の土曜日、ニューヨーク市で殺された2人の警察官のうちの1人だ。バイデンはブルックリンにある遺族の家を弔問した。
 被害者の父は中国系の移民でほとんど英語を話せない。それでもバイデンはスキンシップ、つまり身体が触れることによる安心感が彼には必要だと気がついた。「ときおりリューは私に身体をあずけてきて、肩が私の腕に触れます。……私は腕をひっこめたりせず、逆に身体を寄せました。彼が肩で私を感じられるように」
(中略)5か月後にボーが亡くなり、故郷デラウェア州ウィルミントンの聖アンソニー教会で一般公開のお別れ会がとり行われた。バイデンがその場を離れかけたとき、弔問の長い列にいるのは彼じゃないか、ウェイ・タン・リューだ。お互い相手に声はかけなかった。「リューはただこちらに歩み寄って抱擁してくれました。我が子を喪った痛みを知る人の胸から私へと、あふれる思いが伝わってきます。私をぎゅっと抱きしめて――言葉は不要――決して放そうとしませんでした」

【検討会後の反省点】
なんと! (3パラ-2文目) は、He saw, in the long line of mourners, Wei Tang Liu. の誤植だとのこと。

【課題文の前後の文脈、背景知識】
ジョー・バイデンは30代のころ、交通事故で当時の妻と娘を亡くしている。男の子2人は事故を生き延びた。そのうちの1人ボー・バイデンは父の後を追って政治家の道を歩んでいたが、2015年に病気で亡くなった。Promise Me, Dad(邦題『約束してくれないか、父さん』)には、ボーが亡くなる前に父に大統領選への出馬を勧めたことが書かれている。(2016には不出馬、2020に出馬)

【訳文提出前に考えたこと】
(全体の方針)
今回まず考えたのは、技術的な面よりも心情面を理解するべきだということ。そこで読んだのが『悲しみとともにどう生きるか』『悲しみを生きる力に』の2冊。

(技術的な面)
『翻訳技法実践論: 『星の王子さま』をどう訳したか』(稲垣直樹)
※安西先生の『翻訳英文法』をフランス語からの翻訳に応用した感じの本。『星の王子さま』は英訳でかなり読みこんでいるので、わかりやすかった。
※他に読んだのは、北村先生の著作群『英文読解を極める』『英語の読み方』『英文解体新書』など。

(1パラ-1文目) Mourning becomes Joe Biden.
アメリカの劇作家 E.オニールの戯曲 Mourning Becomes Electra『喪服の似合うエレクトラ』のもじりと思われる。単純にあてはめれば、『喪服の似合うジョー・バイデン』となるが、このままでは次の文とのつながりが悪いので文のかたちにした。
→ ジョー・バイデンには喪服が似合う。

(1パラ-2文目) “I have found over the years,” he writes in his recent best-selling memoir, Promise Me, Dad, “that, although it brought back my own vivid memories of sad times, my presence almost always brought some solace to people who have suffered sudden and unexpected loss

バイデンの著書 "Promise Me, Dad" には和訳が出ているようだ。邦題は『約束してくれないか、父さん』。
著書からの引用文の途中に地の文を挿入するのは、日本語では難しいので、引用部分はつなげて訳した。また「 」内は複雑な構文のため、無理せずに3文にわけた。地の文と引用部分は、常体と敬体で文体を訳しわけた。
名詞 my presence と sudden and unexpected loss は、文のかたちにほぐして訳した
→ ……「何年も前から気がついていました。私自身もつらい記憶が生々しく蘇ります。それでも私がそばにいると予期せぬ形で大切な人を突然亡くし悲しみに打ちひしがれている方々は、必ずといってよいほどほっとされます。…

(1パラ-3文目) When I talk to people in mourning, they know I speak from experience.”
from experience 直訳すれば「経験から」だが、どういう経験なのか少し説明を加えた。ジョー・バイデンが事故で家族を亡くしているのは、みなが知っている有名な話のようだ。
→ 私が遺族のみなさんにおかけする言葉は、私たちに共通する経験から語っているのだとわかってくださるのです」

(1パラ-4文目) The most moving thing in that book is not even Biden’s restrained and heartbreaking account of the slow death of his beloved son Beau.
the slow death は「ゆっくりとした死」では意味がわからないので、説明的に訳した。
→ バイデンは最愛の息子ボー・バイデンが刻一刻と死へ近づくのを、抑えた筆致で痛切に描いているが、それですら著書の中で最も胸を打つ場面とはいえない

(1パラ-5文目) It is the two brief appearances of Wei Tang Liu, whose son, Wenjian Liu, was one of two police officers murdered in New York City on the Saturday before Christmas 2014.
前の文とのつながりを明確にするために、つなぎの言葉を入れた。
YouGlish で発音を確認すると「リュー」ではなく「ルー」だが、当時のニュース記事に表記をあわせた。おそらくアメリカ人は「リュー」という発音が苦手なのだろう。
→ それ以上に心に響くのは、ウェイ・タン・リューの2度の短い登場場面である。その息子……

(1パラ-6文目) Biden visited the family home in Brooklyn to pay his respects.
visited … to pay his respects はまとめて弔問とした。
→ バイデンはブルックリンにある遺族の家を弔問した。

(2パラ-1文目) The father, an immigrant from China, had little English, but Biden picked up on his need for physical intimacy, for the consolation of touch:
for A コンマ+ for B は、A をより具体的に言い換えていると解釈。the consolation of touch は名詞を文のかたちにほぐして訳した。
→ ……それでもバイデンはスキンシップ、つまり身体が触れることによる安心感が彼には必要だと気がついた。

(2パラ-2文目) “Occasionally he would lean into me so that his shoulder touched my arm...
he = Wei Tang Liu は無意識にやっており、so that は「結果」。

(2パラ-3文目) I did not pull away, but leaned in so that he could feel me there.”
I = Joe Biden は意識的にやっており、so that は「目的」。

(3パラ-1文目) (中略) Five months later, when Beau was dead, Biden was leaving the public wake at St. Anthony’s church in his hometown of Wilmington, Delaware.
the public wake は、お通夜ではなく、一般公開の「お別れ会(偲ぶ会)」だろう。
was leaving は、バイデン(とその他の親族)が、弔問客がいなくなる最後までずっといるわけでなく、帰ろうとしていたのだと解釈。
→ ……教会で一般公開のお別れ会がとり行われた。バイデンがその場を離れかけたとき、

【参考】Promise Me, Dad の該当部分
… Our home state is a small place, and I had been there for many years, so I recognized most of the mourners by face, if not by name. But at one point, I looked up and saw in the line, approaching me, Wei Tang Liu, the father of the Chinese American police officer who had been killed on duty in New York City five months earlier. He and his wife had made the three-hour drive from their home in Brooklyn to Wilmington, then stood for hours in a line of people that snaked for blocks down the sidewalk, into the church, and right up to Beau’s coffin. …
Biden was leaving に対応する記述がないように見える。

(3パラ-2文目) He was in the long line of mourners, Wei Tang Liu.
He = Wei Tang Liu
中間的な話法だと考えて、直接話法に近い和訳にした。
→ 弔問の長い列にいるのは彼じゃないか、ウェイ・タン・リューだ。

(3パラ-3文目) Neither man spoke to the other.
Neither man = Joe Biden, Wei Tang Liu

(3パラ-4文目) “He just walked up and gave me a hug.
He = Wei Tang Liu
up は、近づいてくるという意味だろう。
→「ルーはただこちらに歩み寄って抱擁してくれました。

(3パラ-5文目) It meant so much to me to be in the embrace of somebody who understood.
直訳すれば「理解している人に抱擁されることは、私にはとても意味がありました」となる。何を理解している人か? どういう意味があるのか? を具体化して訳してみた。2人だけが知る5か月前のスキンシップを、2人が思い出している。( Promise Me, Dad を確認すると、5か月前にも引用部分のあとに長時間のハグがあったことがわかる)
我が子を喪った痛みを知る人の胸から私へと、あふれる思いが伝わってきます。

(3パラ-6文目) He held on to me, silently, and wouldn’t let go.”
He silently held on to me and との違いを考えて、silently は訳文でも挿入した。
→ 私をぎゅっと抱きしめて――言葉は不要――決して放そうとしませんでした」

【参考資料】


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