『うちわ』#239

傘とともに、初源的な姿を留めたまま進化とか何かしらのイノベーションとかなく現在でも作られ使われている道具の一つだろう、うちわ。猛烈に暑い日に、冷房や扇風機を付けるのは当然だとしても手元にポンと置いておける、涼を感じるための身近な道具として強大な存在である。私たちは小学生や中学生の頃に、うちわで扇ぐ経験なしに、下敷きやファイルをパタパタやることがあっただろうか、我々人間は、うちわを使う原体験無しに「扇ぐ」ことができるのだろうか、と問いたくもなるぐらい身近であって手馴染みのある道具。
先にちょろりと書いた「初源的な姿を留めたまま…使われている道具」というのは傘とうちわと、櫛やハサミといった日用品に多く見られる。傘やうちわが特殊なわけでもなく、昔から姿を変えずに使われる道具はたくさんある。道具は基本的に、目的を達成するために機能を持つもの、である。うちわならば風をおこすために持ち手と扇部分が適度なしなやかさを持って繋がっているし、傘ならば雨を避けるために身体の上方で雨を受けて地面へと垂らす紡錘形をした覆いに持ち手をつけたもの、櫛ならば髪をとかすために適当な隙間を空けて整列した歯のついた平たい道具である。どれにしても、機能が形態と分かち難く結びついている。一方、形を変えて進化してきたものはというと、携帯電話や、テレビもそうだろう、あとは、時計もそう。前者二つと、後者の時計は進化のコンテクストが少し違うかもしれないけれど共通して、内部機構の複雑さがあるだろう、電源をもつもので回路が必要となる。ひとつめの携帯電話は二者間の音声を伝達するために、そもそも固定されて電話線を使っていた通信を電波によって送受信する機能を持たせたもので、元初はカバンのような本体と回線で繋がった受話器がセットでそれを持ち歩いていたそうな。それが内部機器の小型化や新技術の導入で小さくなって、いまでもPHSとして使われるような棒状の、ケータイが誕生した。それからスマートフォンになると話は別なので、二つ折りやスライド式が生まれたあたりでストップする。最適化の果てでも、棒状、二つ折り、スライド、など形に差異がある。テレビもそうで、大きな箱型の白黒テレビから、薄型のカラー液晶テレビまで、昔の人が見たら驚くであろう変化だ。時計はどこから言えばいいのかわからないけれど、日時計から始まった時刻を知るその目的から、置き型や街のシンボルに据え付けられたからくり時計にも、分散が激しい。ひとえに時計といってもいまは時刻表示だけのデジタルと針と文字盤を使ったアナログとが並存していて、ただ、極小の腕時計には技術の粋が詰まっている。視認性が肝心なので分散しても原型の針と文字盤、時刻表示については原形を保っている。
単純な機構で、人間の目的を満たす、うちわのようなプロダクトって、これからはいったい何が生まれるのだろうか。少し考えてみたい。

#うちわ #180814

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