『やまびこ』#323

やっほー。
と、山頂からどこか山に向かって大声を出すと、
やっほー。
と、声が返ってくる。そのことを、わたしは、やまびこ、として知っている。
かつてやったことはない。そんな高い山の山頂についたことがないのと、ちょっと恥ずかしがり屋であること、というか、そういうキャラじゃない、と思ってしまっていることが一番か、そう、大声を山で出して「うわ、やまびこ返ってきたよスゲー」と言う、そんな無垢なキャラじゃないしキャッキャとはしゃぐキャラでもない、と思っている。ときどき、「ときどきはしゃぐキャラ」であることを示すためにそう言う振る舞いをすることもあるけど、あくまでときどき。
やまびこは、事象としてはよく知っていることだけれど、実際にやったことある人が多いものかは、あやしいなと思っている。先に挙げた、わたしがやったことない理由の一つでもあるが、やまびこが帰ってくるような山に登ったことがある人が多くはないだろう、というのがひとつ。それと、周囲に声を返してくれる山がなくてはならない、という地理的条件があることもなんか、その、やまびこ経験の無さを強める。抜きん出て高いところでは、やまびこは返ってこないのだ。ただ発した声が虚空に、いや天空に消えていくのだ。それも怖い。やまびこが返ってくると期待して発した声が、そのままに消えていくこと、それはとても怖いことだと思っていて、それはコミュニケーションとも似ていて、怖いことだと思ってる。
だからかな、やまびこチャレンジできないのは。人びととの会話のなかで声を発するのが怖いと思うのは一度のみならずいつもある。いつもあって、でも、相手への信頼と期待があるからこそ、言葉を発することができる。たとえ思ったような応答でなかったとしても、虚空に消えていくのでなければそれでいい。失礼でなければそれでいい。
ふうふうと登りきった山頂で、向こうの山に向かって、「最近調子どうーー」と叫んで「悪くはないけど微妙かなーー」と返って来たら驚くけれど、でも、嬉しいんじゃないかな、やまびこですらないけどね、悪くない。そうでなく「やっほーー」となんて返ってきたときにはたいそう驚くだろうな、なんて杓子定規なやまびこだろうかと。

#やまびこ #181106

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