『IPA』#87
India Pale Ale、インディア・ペール・エール。苦くて苦くて、銅のような赤みのあるあの、長くぬるく楽しめるビール。
なんとなくいまものすごくビールを飲みたい気分になっていて、脳のなかのイメージ図像は冷えたグラスにタプタプと注がれるキンキンに冷えたアサヒスーパードライのCMばりのシーンなのだが、少しずつ口の中では辛口でなく苦味をもったあのインディア・ペール・エールの旨さを求める機運が高まってきている。脳の映像イメージと、舌の求める味のイメージがずれている。
ふだん居酒屋で飲むビールはだいたい、日本の飲料メーカーの生ビールをジョッキで飲む。キンキンの黄金色、喉にゴクッと。私はアサヒスーパードライが一番、その飲み方をするのにベストだと思っている。というか、アサヒスーパードライが、キンキンに冷やして飲む時の喉ごしの良さを追求した辛口ビールとして開発されたから、当然のナンバーワンである。もし2杯目で違う国産メーカーのを頼めるとしたら、サッポロの黒ラベルか、キリンの一番搾りか。同価格帯なら、だ。上げていいなら、俄然エビス。求めるものはビールの苦味で、香味にはあまり惹かれない。
子どもの頃からすりこまれたイメージで、ビールは苦いもの、という先入観がある。大人になって飲んで、はじめに思ったことが「思ったより苦くない」だ。たしかに、苦味自体は存在する。けれど。口中では冷たさと炭酸が強く出て、口に含むより舌の上を早く通過させて、冷たいまま喉に炭酸をぶつけていく飲み方がいちばん美味しくて気持ちいいと感じたもので。友達と早飲み競争をしたこともあった。そのとき友達が言ったのが、ビールはそのまま喉に滑り込ませてこそ一番旨い、ということ。その通りだと思った。そういうわけで、ビールを口に含むことはなくなり、味わいに目が向くことはなかった。
そこに転機をもたらしたのは、よなよなエールの初体験だったと思う。ビアバーとか、そういうお店でなく、スーパーかコンビニで買ってって誰かの家で飲むそういう機会でのこと。缶ビール。パッケージが気に入った。囲う黄色の帯、囲われた中央にはゆるい「よなよなエール」の文字と濃青の宇宙のようなイメージ、中心には満月でも三日月でもない、幾夜の月のような、黄色いいびつな丸。不思議にフルーティな香りがあって、そして苦い、苦いはずなんだけどエグくない、香りと苦味がパロメーターにしたら両方尖っているであろう感じがした。キンキンに冷やして喉ごし、でなく、ぬるめで口に含んでなお美味し。
そのころから。ビールの味と飲み方で差異が、組み合わせの妙味が、缶と瓶とグラスとの飲み合わせが、果てしない多様性のあることを、わかったのがそのころから。
そうして今は、2杯目のIPAでゆっくりがぶりと飲む楽しさにハマっているんだって話。飲みすぎなくていい。
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