『BGM』#148

背景音楽。
BackGround Music.
この場合、backとgroundの間にスペースを入れるべきだったのだろうか、うっすらと疑問はあるが構わぬ。
いろーーんな場所でそこが視覚的な空間であってもその背景では音楽が流れていることしばしば。服屋であれば大事なことはそこで販売している衣服が購入者の目に留まって相性が確かめられて購買に達すること、であれば必要条件としてはそこに空間と衣服が存在すること。そこに値段とサイズがわかるようになっていて、わからないことがあったときに応対できるスタッフがいること、これらは十分条件の要素としてある。それらの条件要素に入らないBGMは、冗長的な作為として、よくいう言葉で、プラスアルファ、それとして使われる。
この文章が評論や批評文なら、プラスされる要素をいくつか振り分けて結論として書いておくのだろうけれどこちらは思いついたままに列挙しよう。
服屋さんのBGM、いや、何も服屋さんに限定しなくていいんだけれど、店舗のBGMとして書いても差し支えはないかな、まぁ、まずは雰囲気づくりの役割が一番強いんじゃなかろうか。有名店舗をあげてしまえばユニクロ、無印良品、この2つかな、ユニクロならBGMのミュージック以上に販促ラジオが流れていて、いまはどうかな、ラジオパーソナリティーとゲストがユニクロの商品を取り上げてトークを繰り広げる流れ、あれ聞いていると「あの商品、どんなやつだっけ、どこにあったっけ」、とこちらは図らずも考えを巡らす。服の購入は必要に駆られて入るパターンかあるいはぶらりと立ち寄るパターンか、そのどちらかで、そのどちらだとしても「あの服」が意識にカットインしてくる。コンビニのあの「レジ前」のような存在。ユニクロのBGM。一方の無印良品は服屋であるというよりは、文具や家具、化粧品もあるし根本はライフスタイルショップであって、オフホワイトと生成りと什器のシルバー、無印良品らしい色合いで空間が構成されている。それに似合う音、あれはなんだろう、シンセサイザー?笛のような弦楽器のようなシャリラリヒヨヒヨとした、どこかアジア民謡的な風情を感じる音楽と、時折入る商品紹介ナレーションがある。このナレーションは、ユニクロのような意識に差し込んでくる感じはない。ただ耳に心地よく、無印良品の空間にいて、商品を手に取り眺めている自分を膜のようなもので包む。排他的。雰囲気を作ってブランドイメージを固めているがため、排他的に感じるのかもしれない、他者を受け付けずそこにいる。安心感でもある。
雰囲気づくりはダブルミーニングというか、マッチングであるというか、双方向的なもの。無印良品であれば、売り手がブランディングするイメージに合うような音を合わせていて一方では買い手はその商品と音で構成された空間に共感して吸い寄せられる。そのマッチングは古着屋さんや喫茶店、個人経営のカフェで顕著なように思う。合わない人を排除しながら、ピタリとハマる人を滞留させる。大手のカフェでは客層を大きく絞ることはなく全般的に心地よい音楽、ヒーリングミュージックと呼ばれる類や多国籍音楽など、日本語歌詞が意識に差し込んだりせずただ「音がある」状態。これはBGMの冗長的な要素のひとつ、「発生するさまざまな音を、環境音として吸収して紛らす」役割を果たす。服屋であればおしゃべり以上に、ハンガーやラックのガチャガチャと鳴る音は本来耳にして心地よくなく、購買空間にとっては騒音になる。カフェならばコップをソーサーに置く音もスプーンでかき回す音も、底に残った飲み物をストローで吸うゴボゴボ音も、たいへん気になるのだ。不快音。それを拾わないためにも、BGMが空間の音を紛らす。
ニュースで毎日のように目にする憎悪とか怒りとか嫌味とか、あれらを紛らすBGMがあればと思うがなかなか無いものか。求む。テレビ空間のBGMも発展していること、それはまたいつか。

#BGM #180515

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?