『ねじる』#342

先の『可動域』の話とややリンクするところで、腕や手首や手先の動作として、回す、というのは比較的容易なことで、ドアノブとか地球儀とか傘とか、くるくるぐるぐると回すことは「回して」と言われたら回し方は色々あれどまあ、回すことができる。けれど、ねじる、っていうのはなかなか難しいよな、と思った。それは、動作するのも、動作させるのも。先のするとさせるってのは、動作を、自分でイメージすることとイメージ通りに手や足を動かすこと、それと、自分でイメージした動きを相手に伝えることとそのイメージ通りに動作してもらうこと、この動作主体が違う場合の話、回すのとは格段に伝達しづらい動作だなと思うのです、ねじること。
例えばテニス。ラケットでもってボールを打つ、その動作の途中で、「ひじをねじ」れば、1通り目には「ボールへのアプローチが下からだったり上からだったり変わって、打ち上げるロブショットになったり打ち下ろすスマッシュ風になったりと打法が変わる」し、2通り目には「ラケットの本来打つ面と逆側の面で打つ」ことになったり、まあねじり方次第で打ち方が変わる。じゃあ「手首をねじ」れば、1通り目には「ラケットの面が上向くようにねじれば打球はスライス回転し、下向くようにねじればドライブ回転する(実際に手首だけをねじってるかといえば腕や肘も動かしているだろうし、手首だけ動かしたら怪我をするけど、あくまで例え)」し、2通り目には「ボールがバウンドしてくる直後の低い打点に対してラケットをすくい上げるライジングショットになったり、ありえないけれど、ラケットの頂部や側面でインパクトさせることもできる」のだ。これらどの動作にしても、ただ肘や手首を一意に一回転軸で回すのではなくて、複数の回転軸と支点で回す、ねじりの動きだ。
ねじるって難しい。それは、複数の回転軸と支点で同時あるいは連続して動かす、複合的な動きだからだ。ここまで、ねじることが難しいってことは前提においていたけれど、書いてみて、テニスの動作をイメージしてやっと、ねじることの難しさとその理由がわかってきた。
テニス含め球技、器械体操やフィギュアスケートなど体操系競技などなど、ある動作からある動作まで結びつけるなかで確実に「ねじる」動作が出てくる。また、漁師や大工や農家でも紐や縄を扱う職業では結び方・縛り方の過程でほぼ確実に「ねじる」。小・中学生の頃に社会科体験でそういう紐や縄の結び方を習ったときにも「ねじって」「ひもを輪に通す」その三次元運動が難しかった、全員が「はいできました」とはならなかった。
可動域を広げることはイメージを獲得する練習あってこそだ。ねじることも回転軸と支点と連動をイメージして意識を至らせることで可能になる、そんなふうに思う。捻る。手に、念じる。あながち間違いじゃないのか。

#ねじる #181125

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