『歯ブラシ』#98
およそ一ヶ月前のこと、「やわらかめ」の新しいのに変えた。毛先がバサバサになって抜け始めてダメになる前に交換したのは初めてのこと。
平昌オリンピックでフィギュアスケート男子がショートプログラムを滑るあたりの日、その数日前に、左上の奥歯にむかしプラスチックを入れたところで魚を噛んでいるとパキッという音がしてからそれ以降、噛むとズキーンピキーンと痛むようになった。冷たい飲み物もしみるし、噛み合わせるだけで痛い。詰め物が取れたか割れたか、ということで歯医者さんに電話をした。高校生の頃に検診ということで行って以来、およそ10年ぶり。以前には歯科助手さんと医師2人という体制だったけれどいまは院長のおばあちゃん先生一人、馴染みのお客さんだけ診ているような感じで、言葉選びが難しいが、「ひなびた歯科医院」という雰囲気。
電話をして訪問した日はちょうど、男子フィギュアのショートプログラムの日、「上からテレビ下ろしてきたから」と、診療椅子のそばにテレビを置いてくれた。レントゲンを撮る準備中、レントゲン写真が上がるまで、ときどき中座して一緒にテレビを見る。日本人選手の圧巻の滑りと、ネイサン・チェンさんのミスが出た悔しい演技とを見て、何を言うともなく「すごいね」「惜しいですね」と言い合う。
歯の方は、プラスチックが外れたわけでもなく何が起きたのかわからないまま、診てもらうころには痛みは引いていた。かわり、別の歯で虫歯になりかけているところがあってそこを治療してもらった。わたしの歯磨きはどうやらとてもよいとお褒めの言葉をいただいて、ただ、高校あたりで歯の成長中に歯磨きを強くやりすぎたために犬歯の根元がくぼんでしまったところがあると指摘された(わたしも前から気になっていたのだけど、歯磨きのしすぎでこうなってしまっていたらしい)。歯磨きの時間はかけすぎず、やわらかめの歯ブラシで、当てたら10回、次の部分でまた10回、細かく動かすだけでいい、と磨き方を教えてもらった。
帰り際、「近くに歯医者はあるの?」と聞かれた。2、3件あるのでそこの名前をあげると「あぁ、あそこの先生は◯◯が上手くて、あっちは設備が良くて云々…」と話したのち、「わたしもおばあちゃんになって、設備も古いから、新しいところだと色々良いこともあるからね、考えてみて」と淡々と話をされた。「まぁ、プラークや歯石とりくらいならやってあげられるから、とはいってもあなたの歯磨きなら一年や二年そこらで歯石化することはないと思うけどね」と笑った。私は「はい」と「考えてみます」としか言えなかった。
わたしはいま、やわらかめの歯ブラシで歯を磨いている。毛先はまだまだ広がりそうに無い。
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